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[ことばとこころの言語学・4]ダイクシス
これまで「わたし」や「あなた」について見てきましたが、こうした人称代名詞のことを言語学ではダイクシス(deixis、直示)と呼びます。ダイクシスには人称のほかに空間のダイクシス時間のダイクシスがあります。ここでは、空間と時間のダイクシスについてみていきましょう。
空間のダイクシス
「ここにきて」
といわれても、ここってどこ?って思いませんか?
「それ取って」
といわれて、「はい、どうぞ」と相手の望むものを渡すことができません。つまり、「これ」とか「それ」が具体的に何を示しているのか、話し手と聞き手がコンテクストを共有していなければコミュニケーションを成り立たせることができません。
よく、空間のダイクシスの例として用いられるものがあります。それは「行く」や「来る」という動詞です。この動詞は話し手を中心において、話し手のいる場所に移動する場合は「来る」が使われます。ですので、
こっちに来る?
と言ったりします。「こっち」という話し手のいる場所を表し、聞き手に向けてそこに移動してもらいたいことを「来る」という動詞で表現します。したがって、「あちら」という話し手のいない場所を表すダイクシスと一緒に
あちらに来ますか?
という文に違和感を感じるのです。これらは、英語のcomeとgoも同じ発想です。
Come there.
というのはやはり変に感じるわけです。それは、thereという話し手のなわばりの外にある場所とcomeは一緒に用いられません。
時間のダイクシス
机の上に次のようなメモを見つけたとしましょう。
「すぐ戻る、母」
はたして、どれくらい待てば、お母さんが帰ってくるのでしょうか?そもそも、このメモはいつ書かれたのでしょうか?つまり、メモが書かれた時間を中心として「すぐ」と言っているのですが、それを共有していなければ全く意味をなさないものになってしまいます。もしかしたら帰ってこない、なんてことも。
A:「こんど飲みに行こう」
B:「そうだね、こんど行きましょう」
という発話はどうでしょうか?おそらくこの二人は飲みに行くことはないかもしれません。次の例はどうでしょうか?
A:「こんど飲みに行こう」
B:「そしたら明後日の18時にしよう」
A「・・・」
Bさんは空気が読めない人だと思われてしまいます。「こんど」という表現はここでは具体的な日時を指してはいないので、そこを真に受けてしまうとヘンな空気が流れてしまいます。というのも、私が英語を習いたてのころ、夕方の別れ際に
See you soon!
と言われて、soonっていつだろう?明日会えると言うことなのかなぁ?と返事に困ったことがあります。この場合のsoonは、今すぐにという意味を持ってはいないのです。むしろ、「また」という次回会えることを含みとして伝えることで丁寧な表現になり得るのです。
他にも次のような例はどうでしょうか?テレビを見ていて、番組の間にあるコマーシャルで
「この番組が終わるまでにご注文頂いた方には、特別もう1セットおつけします。お早めにお電話下さい」
「この番組が終わる」というダイクシスを含んだ表現を使うことで、興味を持っているけど買うかどうか迷っている人に、行動を促すことができるかもしれません。録画番組を見ていた場合、どうなるんでしょうねぇ?
ダイクシスについて専門的に学びたい方は
神尾昭雄『情報のなわばり理論』(大修館書店)をお読み下さい。
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