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[ことばとこころの言語学・1]わたしとあなたの言語学(1)

I love you. はどのように日本語に直せばよいでしょうか?

「わたしはあなたが好きです」
「僕は君のことが好きなんだ」
「おれ、お前が好きだ」
「好き」

などいろんな風に訳すことができると思います。

英語の"I"を日本語にするときに、僕、わたし、わたくし、小生、俺などと訳し分ける必要が出てきますよね?さて、どのように訳し分けていますか?

それは、"I"が男性か女性か、さらに10代か40代というような人物像を想定しなければ適切な日本語に置き換えることができませんね。このように、自分自身を指す言葉(これを、「自称詞」と呼びます)に数多くのヴァリエーションがあるのが、日本語の特徴だとも言われています。この自称詞についての研究は鈴木孝夫『ことばと文化』(岩波新書)で詳しく論じられていますので、興味があればそちらを参照してください。

4歳児に「わたくしと外で遊んでください」とはいわない

そこで、日本語の自称詞について考えていくことにしましょう。私には4歳の息子がいます。彼を外に連れ出すときに、「これからお父さんとお外で遊ぼうよ。」といって外に連れ出します。しかし、勤務先の大学の教室で学生に向かって「お父さんはみんなにたくさん勉強してもらいたいなぁ」とは決して言いません。小学校だったら「先生の言うことをちゃんと聞いてください」と言ったりします。鈴木孝夫によると日本語の自称詞は自分と相手との関係性で決まると考えられています。家の中であれば、話し相手との関係性から自分は「父親」なので、「お父さん」ということばで自分を表します。また、大学の教室での話し相手は受講生である学生ですので、「わたし」や「わたくし」と言ったり、省略することがあります。

上司と話すときには「俺」という言葉は使いませんね。それは失礼になると思っているからです。つまり、「失礼になる」と思った段階で、自分と相手との関係性を前提としているからなのです。このように、わたしたちは自分のことをどのように呼ぶのか、その場面にふさわしい表現が選んでいるのです。そのなかには「いわない」という選択肢もあります(「好き」という例がそれにあたります)。

「あなた」をどう呼びますか?

さらに、もう一つ相手をどのように呼ぶのかについて考えてみましょう。最初の"I love you."の例を思い出してください。「あなたのことが好き」といってもよいでしょうし、相手の名前、例えばまりさんに告白するのなら、「僕はまりさんのことが好きです」と言ってもよいでしょう。もちろん、省略して相手の目を見て「好き」と言えるかもしれません。言語学では、このような相手の呼び方を他称詞と呼んでいます。

この他称詞としての「あなた」には興味深い事実があります。『デジタル大辞泉』によると次のような語義が与えられています(例文は割愛しています)。

あなた(彼方)[代]
1 遠称の指示代名詞。
㋐離れた場所・方向などをさす。向こう。あちら。
㋑以前。昔。
2 三人称の人代名詞。対等または上位者に用いる。あちらのかた。あのかた。
[補説]1㋐から2を経て、近世中期に上位者に用いる二人称人代名詞「あなた(貴方)」の用法が生まれた。
あなた(貴方)[代]《「彼方 (あなた) 」から》二人称の人代名詞。
1 対等または目下の者に対して、丁寧に、または親しみをこめていう。
2 妻が夫に対して、軽い敬意や親しみをこめていう。
[補説]現代語では敬意の程度は低く、学生が先生に、また若者が年配者に対して用いるのは好ましくない。「貴男」「貴女」と書くこともある。

つまり、今日では「あなた」が使われるときは「対等な関係」、「丁寧」、「親しみ」というような意味が込められていると考えておきましょう。

「あなた」には「親しさ」がある

「色んなあなたをそばで見つめてるよ」は西野カナ「あなたの好きなところ」の歌詞の一節です。この「あなた」は自分の恋心を寄せる男性に向けて発せられた言葉です。親しみを感じ取ることができるでしょう。

宇多田ヒカルの「あなた」にも次のような歌詞が出てきます。「あなたのいない世界じゃ どんな願いも叶わないから 燃え盛る業火の谷間がまってようと 守りたいのはあなた」。とにかく自分の大切な人を守りたい。その対象としての「あなた」ですね。

今日は、ここまで。次回からは他称詞をもう少し詳しくみていきながら、英語のyouについて考えてみたいと思います。

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