【英陸軍戦車廃止論の浮上とその背景】

 イギリスの戦車部隊が絶滅の危機を迎えています。とはいえ、完全にワイプアウトされる訳ではありません。『現在の戦車定数を持ってそれをモスボール化するのを【検討】しているだけです。』

 イギリス陸軍の戦車削減は今に始まったことではありません。1990年代にはチーフテン、チャレンジャーmk1を中心に900両近く戦車を保有していた陸軍はインクリメンタルに戦車削減を進めてきました。国防部のポートフォリオにおいても戦車定数は序所に減り続けてFY2020には227両にまで減少、又それの内の約半分(約115両程度)のみが実際に運用可能なだけです。即ち、一個王立戦車連隊(Royal Tank Regiment)しか存在していませんが元々この草案が出てきたのは約9年前の2011年です。

画像3

【イギリスにとって戦車は不要なのか?】

 サードミレニアムに突入してからイギリス国防部にとって戦車の必要性が薄れていたことは間違いない事実です。それも戦争はテロリズムとの戦い、万が一の有事はNATO軍との密な連携を強化することでその戦力不足を補うという方針になったからでしょう。これについての詳細は後ほど詳しく説明します。

【チャレンジャー2の性能】

チャレンジャー2が製造開始されたのは1998年、実はそこから大きな近代化改修はイラク、アフガニスタンである程度進みましたが、改良されたのはRoyal Tank Regimentに所属している車両分です。

 これまたクセのある戦車です。特に問題は主砲にあるのですがこれはWikipediaでも参照してください。この1/4世紀の間にベトロニクスの技術が著しく進歩したのは言うまでもありません。近代化改修や新規調達が進む他先進国軍の主力戦車と大きな性能差があることは議会でも度々指摘されています。

まぁどれぐらい遅れが深刻かと言うと、イギリスと比べてだいぶ予算規模が小さいデンマークですらこの約20年間で保有戦車をレオパルド2戦車を2回大型近代化改修しています。

画像3

 とまぁ、国防部の将来ポートフォリオと戦車に対する価値観を見てきたので実際になぜイギリス戦車部隊が消える【可能性の原因】を見ていきましょう

大きなファクターは四つあります。これらを一つ一つ丁寧見ていましょう。

①【地政学的な観点からの必要性の薄れ】

②【アフガニスタン派兵とそれによる多方面への影響】

③【イギリス陸軍における人員不足】

④【NATO軍におけるイギリス軍の位置付け】

画像16

①【地政学的な観点からの必要性の薄れ】

 まず、大戦略的な話をすると、イギリスは日本と非常に類似しており、直接的に他国と面していない海洋国家です。陸上のつながりが無く伝統的に海軍戦力に注力してきたのは言うまでもありません。

 イギリスに最も近くて強力な陸軍兵力を持っているのはフランスです。しかし、最後に英仏間で戦争をしたのはアメリカがまだベイビーだった頃であり産業革命以前の話です。

 まぁ言わなくてもわかると思いますが、イギリスとフランスはNATO軍に所属しており、政治的・外交的・経済的、どの点を取っても対立する必要性が皆無に等しいのです。両国のパートナーシップは勿論、他NATO加盟国との関係も良好です。

 即ち、同盟軍に囲まれているイギリスにとって陸軍戦力の整備は不急でありプライオリティも低いのです。陸軍戦力を象徴する戦車の削減は、有事の際はNATO諸国軍と蜜な連携でその戦力不足を補います。逆にイギリスも強力な海軍・空軍戦力を他NATO軍に提供します。

イギリスを含めNATO加盟国の基本戦略は自国単独では無く、【多国籍軍での共闘が前提にある戦略】だということを忘れてはいけません。

画像1

②【アフガニスタン派兵とそれによる多方面への影響】

 まぁここで多くの識者は「海外派兵した際に戦車が必要になるのではないか?」と思ったかもしれません。事実、チャレンジャー2はイラク戦争でイギリス軍地上部隊の主力として戦闘に参加しました。その際に色々と問題が露呈しチャレンジャー2戦車では能力不足だという批判が国内から上がりました。

画像6

画像5

しかし!戦車の性能不足=戦車廃止には繋がりません。単純な答えを言えば戦車の性能を向上させればいいだけですからね。

②【アフガニスタン派兵とそれによる多方面への影響】

【戦車削減の原因となったのは国内世論?】

 どういうことだ? と思った人が多いのではないでしょうか? そう戦車削減論・不要論を間接的スピードアップさせたのは国内世論なのです。

 Camp Bastion、イギリスがアフガニスタンでタリバン掃討のために2006年に建設した前線基地(Forward Operating Base)です。イギリスにおいては非常に”悪名高い”軍事基地です。

画像7

 2006年完成当時の総建築費は£50 million(140円換算:70億円)です。しかし、それを撤去するために要したのは£300 million(140円換算:420億円)また、2006年~2014年までの総運用コストは£20 billion (140円換算:2.8兆円)もの巨額を他国への内乱干渉で国民は支払わないといけなかったのです。言わずとも同地域における諸問題は外交というアプローチで進展を見せました。イギリス軍がcamp bastionを撤退した数年後です。

画像9

 £20 billionもあればクイーンエリザベス級空母を5隻買える程の臨時予算です。因みに調達単価は1隻で約£3.8 billion。

画像8

 これが国内にもたらした影響は想像に容易いですね。イギリスは紛争地域への大規模介入の議会承認を得るのは難しくなりました。即ち、今後イギリスが海外紛争へ介入する回数は少なくなることを意味するのでは無いでしょうか? もしあったとしても小規模の部隊になります。そうとなれば戦車を含め陸上兵力の必要性は薄れることでしょう。

画像11

【MRAPの採用と戦車の必要性の薄れ】

アフガニスタン派兵が及ぼした影響はそれだけはありません。MRAPの定義は説明しませんのでコレも気になった方はWikipediaを参照してください。現在、イギリスが採用しているMRAPはマスティフが200両近くとフォックスハウンドが×900両です。他のバリアントなども含めて数種類ありますが主なMRAPはこの2種類です。    

画像12

画像10

 一言で言えば、今まで戦車でしか対応出来なかった対IED策がMRAPの登場によってその役割を置換出来るようになったのです。戦車はMRAPと比べて調達コストも数倍高ければ運用コストも数倍高く、損失した際のコストも高いのです。

 イギリスやアメリカが急ピッチでMRAPを採用したのは、IEDによる死傷者を減らすと同時にコスト高である戦車の損失を減らしたいという側面があるからでしょう。

 また紛争地域における敵はよくて軽装歩兵が主体です。機関銃が搭載可能なMRAPで十分なのです。20㎜~40㎜の機関砲を搭載したAPCやIFVも存在するため、ある程度の軽装甲車両にも対応できます。

 非正規軍相手に完全武装の対正規軍装備で挑んだ挙句、巨額の予算と約500名の死者を出し何も得られないかったのです。それが Camp Bastion が悪名高い理由でしょう。

 そこで得られた戦訓は「非対称戦争で戦車の運用はコスト面から圧倒的に不利だということです」

画像13

 ここまでの話を整理をしましょう!

①では、イギリス本土が直接上陸される可能性が極めて低いため陸上戦力はトッププライオリティではない。

②では、今後海外紛争への介入が少なるため戦車を含め大規模陸軍兵力の必要性が薄まる。戦車の運用コストが高いため非対称戦での運用には適していない。

この3点を忘れないで下さいね。

③【イギリス陸軍における人員不足】

 FY2019に時点におけるイギリス陸軍の総兵員数を見てください。これは予備役を除く数字です。国防部が2019年時点で望んでいた兵員定数は8万2000名です。しかし、現実は見ての通り74,440名と7600名(約1個王立装甲機動旅団分)の定員割れです。

画像14

 人員が足りなければ必要の無い部隊の縮小・削減が必要になるのは当然です。物だけあってもしょうがないですからね。では、現時点でイギリス軍にとって必要の無い部隊・職種とはどこでしょうか? 戦車部隊ですね。

画像15

 チャレンジャー2戦車は性能的にも他先進国軍の戦車に見劣りします。また、その改修に要するコストも現在のイギリス陸軍のニーズと照らし合わせた際に決して有意義な使い方ではありません。約400両の AJAX IFV ,約560両のボクサーAPCの調達も控えています。

 無策に戦車を維持するぐらいなら、その戦車人員を減少定数分に補填し戦車そのものは万が一の未来に備えてモスボール化することで妥協したと見えます。これは正しい選択でしょう。改修が出来たとしても、今の陸軍の将来ポートフォリオを見るにFY2030 以降になるのですから今現在の性能のチャレンジャー2を置いたとしても費用対効果に優れた装備品としてカウント出来ません。

画像16

④【NATO軍におけるイギリス軍の位置付け】

画像17

 率直に申し上げますと、NATO軍におけるイギリス軍のロール(役割)は海軍・航空戦力です。事実、在欧アメリカ軍が撤退するとなれば、イギリス空軍が追加のユーロファイター・タイフーンの追加派遣を検討しています。まぁJANE`SやDER SPIEGELの国際政治欄でも読んでいたらわかる話です。

 イギリス陸軍の対露侵攻における役割はRRF(Rapid Response Force) 即応展開部隊と強力な機械化歩兵連隊です。また、イギリスが採用する軍用トラックはRheinmetall  MAN社製で連邦陸軍と同様のものでありインターオペラビリティを有しています。まぁ私のTwitterを追っている方なら既にご存知でしょう。

 また、国防部は海軍・航空戦力は勿論、NATO軍初のサイバー部隊、核ミサイル運用ケイパビリティを提供していることを強調しています。エストニア、ポーランドに展開している陸上部隊へのアテンションが少ないことからも容易に伺えるでしょう。

 まぁこれはNOTEにおいてはあまり関係無いのですが、「戦車の戦術的○○は!」、「戦車の対歩兵の優位性が○○」、「ロシアが攻めて来て機甲師団無くせずにどうやって対応するのか?」などとお門違いのバカな指摘をする御仁を見て失笑する他ありませんでしたw

 まぁ素人は戦術を語る、玄人は兵站を語るというやつですw 予算編成・ポートフォリオ調整を立派な兵站の一部です。まぁそれが全く出来ない軍隊が極東の島国に存在しますがね・・・

 私に言わせれば(誹謗中傷盛り沢山(^^♪)まぁシバちゃん界隈の人は聞きなれていますよねw

【まとめ&イギリス戦車師団に未来はあるのか?】

 (゜-゜)うーん・・・なんとも言えないですが、イギリスの陸軍兵力を削減し海軍・空軍戦力を増強する動きを見るにこのままモスボール化、最悪廃棄されることもあり得るでしょう。実際、浮いた予算での代替案がF-35Bの追加調達や第六世代戦闘機への投資が検討されています。

 この国にいると忘れがちなのですが、イギリス陸軍の装甲化率は凄まじいものです。AH-64の保有数も日本とはくらべものになりません。

 今後のイギリス陸軍のポートフォリオ、NATO軍におけるイギリス陸軍の位置付け、チャレンジャー2戦車の将来性と今後の運用コストを考えるとモスボール化又は廃棄が妥当でしょう。

 国民はCamp Bastionの無駄使いを忘れていません。国防部にとっても国防予算の有効利用・転用は大きなアピールポイントになります。

 また、当初約£14.8 billion (日本円換算140円:2兆円)だった Cross Rail Project は工事遅延とCOVID-19による経済打撃で約£18.25bn(日本円換算140円:2.5兆円)に増加。2018年のオープン予定が2023年までにずれ込む見通しです。ジョンソン政権の尻拭いにもなるでしょう。

画像19

画像18

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?