【調達ポートフォリオの重要性】

【始めに】

 軍における調達ポートフォリオの重要性は今まで皆さんに何度も説いてきました。しかし、具体的にどういったものであるか? またそれが如何なる効果を発揮するかは具体的に述べてきませんでした。

 一番最初に戦後直後の昭和21年に作成された「家計の数学」(全編・後編)を視聴してください。全部見なくても前編の最初の30秒だけでも必ず見てください。そこになんて書いてあるかを読んで下さい。

 中にはポートフォリオが重要だと言うことは理解したけど、本質的に調達ポートフォリオが”何故?”重要なのかを理解していない人が多いかと思われます。まず最初に、皆さんが普段目の当たりにする調達計画の必要性を説明した上で、その後に、防衛装備庁と他国の国防局が建てる調達計画の決定的な違いを踏まえた上で論じたいと思います。

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「軍の調達ポートフォリオ」

軍の調達ポートフォリオを簡単に言えば「なにを、いくつ、いつまでに、どうやって、幾らで」を明確に計画することです。単純明快です。しかし、公共調達となればそれが案外難しいのです。

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 「生活の中のポートフォリオ」

 皆さんの実生活でもポートフォリオは存在します。一番身近なものが、家計簿です。月給が手取り25万として、それを全部その日の飲み代に使う人間なんていませんよね? 大きく分けても一ヶ月の固定費(家のローン、生活費、保険料、学費等々)それを引いて残った額のことを難しい日本語で「可処分所得」と言います。家計簿を付けていなくても大まかな計算は頭の中で組み立ていますよね? それが「ポートフォリオ」です。

 筆者の読者の中には学生さんも多いので、別のケースにおけるポートフォリオを例にしてみましょう。30人のクラスでお菓子パーティーをするとしましょう。一人一人から500円を徴収して計1万5千円集まりました。お菓子調達担当のA君が1万5千で色々なお菓子を調達してくることになります。

 さてここで問題になるのが、A君は「どれだけ効率的にお菓子を調達出来るか?」です。ここで想定すべきは点、A君が踏まえ無いといけないことは沢山あります。まぁせっかくなので悪い事例を出しましょう。

 「A君のお家から最も近いスーパーで、一人当たり500円の自分好みのお菓子をランダムに選択肢し全員同じものにしました。」

 まぁ正直、一般的な高校生に出来るのはこのレベルだと思います。ここにおける最大の問題点は【お菓子の調達が”目的化”】してしまっていることです。

・面倒なので自分の家から近いところで調達

・自分が好きなお菓子のみを選んだ

・一人当たり500円?

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これらの問題点を一つ一つ説明します。

「家から近いところで調達」

 市場調査はしたのでしょうか? そのお店でのお菓子の販売価格は最安値だったでしょうか? 同じ商品でも場所によっては最大で40%程値段が変わりますよね?例えば、駄菓子屋さんで80円で置いているものがスーパーだと110円、120円で置いているなんていうのは普通にある話だと思います。

 市場調査もせずに一つのお店で完結させてしまうと、下手すると100円分(20%)も無駄な調達コストを費やしてしまう可能性があります。勿体ない話です。同じものをもっと安価に調達可能で、その余ったお金でより多くのお菓子を調達可能でした。

「自分が好きなお菓子を選んだ」

 最悪の選択です。貴方が好き=主観でしかありません。そのお菓子を必ずしもみんなが好きだとは限りません。あと、もう一つ重大な点を見落としています。「アレルギー」です。人によってはナッツアレルギーがあるかもしれません。その人にナッツ類のお菓子を調達しても食べられないので、その人はその分を損失したことになります。それ以外にも色々あります。アレルギーでなくても苦手だという人もいるかも知れません。

 ここで必要なのは綿密な事前調査です。もしそれが無理であった場合はフレックスビリティを持った調達をしなければなりません。それを次で詳しく解説します。

「一人当たり500円」

 ここで皆さんの頭の良さが決定的になります。確かに1人辺り500円です。しかし、誰も”一人当たり500円ずつ”とは言っていません。一人当たりが”500円相当”であれば言い訳です。

菓子類5~7種(500円分)×30人分

菓子類1万5千円分×30人分

 違いがわかりますか? 前者は愚かな三流調達です。そもそも、この調達法であったら各自が好きなお菓子500円分を調達すればいい訳です。

 ここでA君に求められるのは、1万5千円で如何にフレックスビリティ(柔軟性)があり、多くの菓子を調達するかです。例えば、単品で買うと高いお菓子も袋入りなどで複数入りを買うと単価は減少します。これは経済の基本原則ですからね。また、各種が揃えられる訳ですから、アレルギーや好き嫌いに対応したお菓子調達が可能です。

 まぁ~8割以上の人間はここまでは頭の中で考えられる話かもしれません。しかし、言葉で説明しろと言われたら出来ないものですよ。頭の中で理解するのと実際に言葉するのでは違います。俗に言う「インプットとアウトプットの作業」です。因みにですが、どんなことでも自分の言葉で”アウトプット”出来ない場合は貴方は本質的に理解していません。

【軍の調達ポートフォリオ】

ここからが本題です。

 特別評論回第三回【國守・シバの思うあれこれ】でも説明致しましたが、軍における調達とは公共政策です。公共政策を語る上では高度な行政学・公共政策学の知識が必要です。しつこく何度も言いますが、10式戦車のカタログスペックを丸暗記しているからといって自衛隊の調達計画にあーだこーだと言及するのは甚だしい勘違いです。

 アニメを大量に見ているからアニメ監督をさしてくれと言っているようなものです。百歩譲って面白いアニメを立案可能だとしても、それを限られた製作費の中で実現可能かと言えば非常に困難を極めます。限られた予算内で最も効果的な「国防」を生みだすのが防衛省の公共政策です。イマジネーションが先行して、数字も実情も見られない人間には無理です。 

【防衛省の杜撰な調達ポートフォリオ】

 まぁ防衛省はポートフォリオの作成が下手クソどころか、中小企業の会計のおばちゃんの方が100倍優秀なぐらいです。一番解りやすい例えがOH-1観測ヘリコプターですかね。元々の調達予定数は250機です。それが、13年もの月日を費やして調達出来たのが34機です。

 しかも、代替予定であったOH-6 が2億~3億円であるのに対して19億~25億円と最大で23億円(OH-6: 11機分)の調達価格差です。その更新プロジェクトは見合った費用対効果があったのかという点が政策評価において最も大切です。

・計画時のコストと効果は、政策実施後も保たれたか?
・投じたとコストと得られた効果は均衡しているか?
・政策は効果的であったか?
・計画は明確で透明性は存在したか?

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「計画時のコストと効果は、政策実施後も保たれたか?」×

 計画時の想定調達単価は防衛庁の資料で8.6億円です。ざっと2.5倍の跳ね上がりです。まず他先進国での調達計画でこれ程杜撰なものは滅多に見かけません。防衛省・防衛装備庁ではほぼ日常茶飯事です。

「投じたとコストと得られた効果は均衡しているか?」×


 ここにおける政策効果=投じたコストに見合った機体性能か? ですね。13年間の間に調達されたOH-1 は19億円~25億円で、その間の改良は皆無です。他国では約10年置きに改修プログラムが組まれるのが当然です。しかし、防衛省にはそういったものがありません。得にデジタルネットワーク化が進んでいる現代装備品では5年一度改修してもおかしくないくらいです。

 過去に何度も解説しましたが、OH-1 の搭載カメラは映像のリアルタイム送信が出来ません。言わば、民間の報道ヘリ以下の性能です。本来の観測ヘリの役目である“特科部隊”へのデータリンクシステムも存在しません。OH-6 からほぼ何も変わっていません。強いて言えば、夜間でも鮮明な写真が撮れるようになったぐらいでしょうかね。

 まぁ彼らの名誉のために一つ言うとしたら「観測ヘリコプター用戦術支援システム」というOH-1 の近代化改修も一応試作されました。試作だけですけどね。

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 性能諸元なんてどうでもいいです。現代のミサイルを前に高機動性は然程優位性を築けません。もっと言えば、その僅かなメリットだけのためにOH-6 11機分の値段を払うのは適切であったか? 勿論NOです。それだけの金があればもっとマシなモノが調達ができますからね。

「政策は効果的であったか?」×

 ここにおける。評価は導入後の結果論です。まぁこれだけ高価な機体ですからさぞ活躍しているのかと思いきや、全機飛行停止中です(笑)ローターブレードに致命的な欠陥が見つかった訳です。まともに観測ヘリとしての性能は無い、値段はOH-6 11機分、最悪なことに空を飛んでいないんですね。

 因みにOH-1 の防弾ガラスは噓です。ポリカーボネート製です。陸自の広報課が認めました。まぁどうせ飛んでないので問題ありませんがね。

「計画は明確で透明性は存在したか?」

 防衛省というより日本の省庁がまともに明確な計画を提示したことありますでしょうか? 透明性なんてあると思います? イラク派遣日報問題、桜の会問題、新型コロナウイルス対策会議の議事録なんでもいいですよ。

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 透明性もありませんし、OH-1 観測ヘリの調達失敗も陸幕は認めていません。そもそも、250機調達します!約40機しか調達出来ませんでした!我々は悪くありません、何故調達失敗したのかも徹底調査しない、国民に情報を開示しないと言っているのです。これは国民に対する背信行為です。民主主義国家としては到底あり得ない話です。調達失敗を問題として見ていません。ただ、たまたまアンラッキーだったとでも言うのでしょうか? 

「不可解な要求仕様書」

 自衛隊装備品の調達品選定はこれまた魔訶不思議なのです。元来、装備品の要求仕様書と言うものは必要とされる装備品に対して要求とされるスペシフィケーションです。しかし、防衛省・自衛隊でしばし見られるのが既にある装備品に合わせて使用書が作成されることです。 即ち、自衛隊の仕様要求は本当に必要としている防衛装備品ではなく内局の都合によって選定されていると言えるでしょう。軽装甲機動車(LAV)やオスプレイが良い例えです。

【他国軍の調達ポートフォリオ】

 民主主義国家として国防に必要なものが明示されるのは当然であって、国民に知る権利があります。流石に三流組織の防衛省・防衛装備庁でも調達品ぐらいは公開しています。問題は具体的な詳細が皆無です。最も大切なのが、何を?・どれだけ?・どういった目的で?・いつまでに?です。あっても20年後~30年後に調達終了を目指しているというアホとしか言いようがありません。

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 20年~30年も調達に時間がかかればどうなるかわかりますよね? 言わばまともに戦力化出来ないのです。短期で一気に調達して定数を満たさなければ戦力としてカウントできません。幾ら、野球の試合がしたいと言っても投手とキャッチャーだけでは試合には参加出来ません。どうやって、「国防」を提供するつもりなのでしょうかね?

 根本的な原因として政府組織の会計監査機関が非常にアンプロフェッショナルで権力が弱いことが伺えます。また、装備調達庁(防衛装備庁)も非常に貧弱で人員・予算・ノウハウ全てが欠損しています。

 一方で、合衆国の連邦予算委員会やイギリスの調達庁は強力な会計監査機関であると同時に軍事・安全保障に精通したスペシャリストが数多くいます。防衛装備庁は他庁から来た全くのド素人官僚や戦車と装甲車の違いもわからないような質の低い文官が多いのが現状です。他先進国の装備庁の動向など追っていないでしょう。

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「アメリカ合衆国国防省2020年度概算要求」

https://comptroller.defense.gov/Portals/45/Documents/defbudget/fy2020/fy2020_Weapons.pdf

「アメリカ合衆国軍歩兵装備ポートフォリオ」

https://www.peosoldier.army.mil/portfolio/

「アメリカ合衆国-合衆国陸軍将来垂直離着陸機プログラム」

https://csis-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public/publication/191112_McCormick%20et%20al_ArmyFVL_WEB_FINAL.pdf

「イギリス国防省-基地環境整備計画」

https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/576401/Better_Defence_Estate_Dec16_Amends_Web.pdf

 防衛省の概算要求などと比べるとトランスペアレンシーが一目瞭然です。イギリス軍は基地の統廃合計画まで明示しています。日本ではいつ事業が終了するかもわからず、倍以上に整備予算が膨れ上がる宜野湾基地。イージスアショア配備計画では、測量は間違えるだけでなく住民への説明会で居眠りしている有り様です。

「イギリス軍の装甲車調達計画と自衛隊装甲車調達計画の比較」

 兵員から予算規模までほぼ同一のイギリスの調達計画と防衛省の調達計画?を比較してみましょう。

「(日)96式装輪装甲車」
調達期間:20年
調達数:約381両
調達単価:約1億2000万円
調達予算:?

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「(英)フォックスハウンド装甲車」
調達期間:9年
調達数:900両
調達単価:約1億円
調達予算:約1000億円(108円換算)

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 前者はAPCで、後者はMRAP防護車と厳密な用途は違います。また調達次期もずれるのですが、残念ながらまともに比較可能な装甲車両が自衛隊には96式WAPCしかないためこれで比較します。

 他国では当然のファミリー化・経済合理化がなされていません。しかも90年代後半に採用された車両であるにも関わらず、空調設備がありません。それでもって走破性は最悪、ヤキマ演習場での実践訓練結果が全てを物語っています。また武装も貧弱で他国では当然のRWSや機関砲を装備出来ません。それで調達単価は約1億2000万と法外な調達単価です。まともに使える車両は海外派遣用に増加装甲が取り付けられた12両だけでしょう。しかし、対IED防護性能は有しません。

 後者のフォックスハウンド装甲車はMRAP防護車(PC)ですが、その防弾性能は96式WAPCを上回るでしょう。対爆性能は勿論、炎天下での砂漠での運用は勿論、デジタルネットワーク化による情報共有、対戦車擲弾用のケージ装甲まであります。

 最大の違いは、調達計画の有無です。イギリスではフォックスハウンド装甲車の調達が僅か9年でも、早期戦力化が遅れたことが問題視されました。年間100両の調達速度です。イギリスは同時に他の装甲車プロジェクトも進めていて、計500両以上の各種MRAP装甲車。340両以上の全地形対応車も同時期に調達しています。

 一方で日本は380両の調達に20年。同時進行の装甲車調達はありません。それにも関わらず、全部隊に行き渡っていません。ですから、軽装甲機動車などと言うまるで実戦を想定していないお飾りを事実上のAPCとして使っています。

 防衛省・防衛装備庁の当事者意識の無さが伺えます。まともに使えない装備品を、まともに装備調達計画すらも立てずに調達することが目的化した三流組織なのです。

 まぁ一流高校や一流大学に入ることが目的と化してきて本質的に考えない人間達が作る案なのですから、それもそのはずです。

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【防衛省の計画性の無さ&国民の無関心】

 昨今、アベノマスクにおける国庫の無駄使いが指摘されますよね? 全世帯配布の総予算は466億円です。医療機関などへの配布が504億円で約970億円です。たかがマスク如きにはあまりにも法外な予算です。国民一人当たりがマスク二枚に800円払っている計算です。しかも、配布開始から2カ月経った今も未だに全員分行き渡っていません。

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 流石にこれには多くの国民が憤慨しています。予算的な観点、政策効果的な観点、色々な面から批判が集まっています。しかし、そういった国民からの政策評価がほぼ存在し無いのが防衛省・自衛隊の公共政策です。

 当然のように他国と比べて3倍~4高価な兵器を導入しています。しかも性能は平均以下。導入後も改修は殆ど施されていません。百歩譲って開発当時は優秀でも改修・改良のプログラムが無いため直ぐに陳腐化します。特にデジタルインテグレーションは先進国最低水準でしょう。エストニア軍やフィンランド軍といった中小国軍の方がよっぽど合理的で効果的な防衛政策を実施していますよ。

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 根本的に中央政府のシステムと日本の当事者意識・能力育成に劇的な変化が起きない限り、この国はまともに自国の防衛すらも出来ません。







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