おながわの記憶。

 九月末の晴れた日だった。時計が六時を指している。ハイエースの後部座席で僕は目を覚ます。スライドするドアを開けて、外へ出た。東北の冷たい風が肌に当たる。
 駐車場。頭上には薄い青色の空が広がっている。僕らは会場の場所を確かめるように、駅に向かった。開始まではまだ時間がある。海岸まで続くレンガみちを歩く。きぼうの鐘が朝日に照らされていた。
「この鐘。前はあっちにあったと思ったけど。場所変わったのかな」ヒゲイチが言う。どっちでもいいことだけれど、あえて口に出して、確かめているようだった。
 ファミリーマートで買い物をして、来た道を引き返した。
「ユフちゃんの名前もあるはずですけど」ヒゲイチの言葉に反応して、レンガみちを注意してみると、それぞれに人の名前が彫ってあった。「あった」ヒゲイチがすぐに見つける。
 会場の準備が進み、駅から客が列を作って歩いていた。ゆぽっぽが開くまでの間、足湯スペースに腰を下ろして待つことにした。足湯にはまだお湯がなかったが、何人かがすでに腰を下ろしていた。

 僕がやろうとしていること、それは記録を取ることだった。僕は誰のためにこの記録を残すのか。未来の誰かのため。深くは考えなかった。ただ言えるのは、記録に残さなければ、記憶は誰にも意思疎通することなく消えてしまう。

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