Both Sides Now
とあるきっかけで2003年に公開された素敵なクリスマス映画「ラブ・アクチュアリー」をおよそ十数年ぶりに見返して、気になるささやかなシーンがあったのでその話。
状況を少し説明する。
デザイン会社を経営するハリーは常日頃からグイグイ迫ってくる女従業員にねだられて、高価なネックレスをクリスマスプレゼントとして買う。それをうっかり見てしまった妻のカレンは、自分へのプレゼントと誤解して心の中は小躍りだ。なんせ結婚して以来、夫からのクリスマスプレゼントといえば、毎年毎年判で押したようにマフラーだったからだ。初めて夫が高価で素敵なプレゼントを用意してくれた、愛情をひしと感じてハッピーなカレンだったが、すぐそれは打ち砕かれる。
「毎年プレゼンントしてるマフラーも用意してるが、今年は特別にもう一つ君に」と勿体ぶった夫の言葉に、いやが上にも気持ちは盛り上がるカレン。だが、プレゼントを開けてみたら出てきたのは、ジョニ・ミッチェルのアルバム「Both Sides Now」だった。
家族の前で戸惑いを隠して、無理に笑顔を作ろうとするカレンに夫は「好きだろ?君に君らしく感じてもらうために云々」などと恩着せがましいセリフで、カレンの気持ちを逆撫でする。
これから家族で出掛けるというときに、カレンはちょっとした口実でベッドルームに行く。そこで貰ったばかりの「Both Sides Now」をかけながらさめざめと泣く。
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ジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」は2000年の通算19枚目のアルバム。長らく先鋭的なジャズサウンドを構築してきたジョニが、ここではジャズボーカリストに徹している。スタンダードが並ぶ収録曲の中に、2曲自作のセルフカバーが収められている。「A Case Of You」とアルバムタイトルの『Both Sides Now」である。
「Both Sides Now」は言わずと知れたジョニの出世曲である。「青春の光と影」という邦題が付いてる。まだジョニが瑞々しいシンガーソングライター時代にヒットし、数々のカバーを生んだ名曲だ。当時ジョニは26歳。それから31年後、57歳になったジョニが、酸いも甘いも噛み分けたスモーキーな声で同曲を歌うその胸中やいかに。
同曲はアルバムの最後に収録されている。ということはカレンは、この曲を選んでかけたことになる。
もしかしたらカレンには「青春の光と影」という曲に思い出があったのか知れない。そしてそれはまだ若かった頃の夫との思い出なのかも知れない。慰めにそれをかけてみたら、あの頃のジョニではなく、ババアになったジョニである。それはカレンに現実を突きつける。
夫は無神経である、妻が好きな曲がタイトルになってると思ってプレゼントしたに過ぎない、そうに違いない、それにネックレスは誰にあげるのか、その相手と夫はどういう関係なのか、蔑ろにされてると感じる、そういう感情が一気に57歳の「Both Sides Now」を聴いて吹き出して泣いた、自分はそう思った。アルバムの邦題も偶然だが示唆的だ。「ある愛の考察〜青春の光と影」ときたもんだ(笑)。
相変わらず、そういうどうでもいいことが気になる性格です、という身も蓋もないオチ。
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