おろかもの
お片付けをしていたら、犬毛ネコ毛だらけのえんじ色のあったかそうなものが出てきました。見ればなんとバーバリー。それで思い出したことがあります。懺悔を聞いてください。
あるとき、我が家に、いらしてくださった女性のかたがありました。しごとがらみで。それはそれは素敵な、ミッドナイトブルーのお洋服をお召しでした。私はそういうものにとんと縁がないので、ブランドも素材も解らないのですが、ものすごく上等そうで、ものすごく美しく、格調の高いツーピース?でした。上はメンズのジャケットみたいなので、下は、たっぷり生地をつかったスカート。ウールか、もしかしてカシミアかな、すんごく良い背広にあるような材質だったんじゃないかと思います。
拙宅の椅子になにげなくおかけになったとたん、その美しいお洋服が毛だらけになったのです。一瞬で。まんべんなく。全面的に。背中も袖も。スカートも。せっかくの素晴らしいお洋服が、だいなし。
そのかたは、ショックで、蒼白になり、無言になってしまわれました。
きっと大事なお気に入りのお洋服で、お召しになるのを楽しみにしておられたにちがいないです。
なんということをしてしまったのか。
ほんとうにお気の毒で、恥ずかしくて、申し訳なかった。
クリーニング代をお支払いすれば良かったとはずいぶんあとから思ったことで、そのときは、私もあまりのことに呆然としてしまって、うまい対応ができませんでした。
まさか、うちじゅうが、あんなに毛だらけだなんて、ぜんぜん気づいてなかったのです。
私自身の服もたぶん毛だらけなのでしょう。
それがめだたない、気にならない、暮らししかしていないのでしょう。
むすめが中学生になり、制服になったとき、つくづくわかりました。「きちんとした服」は毛がめだつと。
そのときのそのおかたとは、二度とお目にかかっていません。きっとそのかたは、いまでも私のことを激しく憎んで怒っているだろうなあ、そのひとがもし私なら、一生ぜったい忘れないし許さないな、と思います。
もうひとつ、似たような後悔と恥辱の思い出を。あるかたがウチにいらしてくださいました。「久美さんがきっと好きそうなもの見つけちゃって」「わあ、うれしい、なんですか? ここであけてみてもいいですか?」玄関先で、包みをひらくと、それはなぜか指の間からすべり落ち、割れて、美しい音をたてました。
そのかたとはそれまでわりと親しくおつきあいがあったのですが、気がつくと、なんだかいつの間にかご縁が遠くなってしまいました。無理もないと思います。顔をあわせてしまえば、おたがい、そのときの、そのなんともいえない気まずい一瞬のことを、思い出さずにはいられませんから。
もし、誰かが憎くて、なにか腹に据えかねることでもあって、仕返しをしようと心に決めて、わざと「思い切り、相手がいやがるようなことをしてやった」のなら、それは、邪悪でイジワルなことですが、気持ち的には、快哉かもしれない。
でも、全然まったく悪気なんかなく、まさかそんなことになるなんて少しも思わず、むしろ、ちゃんと歓迎したかったのに。
そのひとに私を好きでいて欲しかったのに。
やらかしちまった悲しみは、それはもう、深くえぐれて、ハートのどまんなかに「このおろかものめ!」という彫刻となって在り続けるものですね。
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