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ミュージカル ハムレット 感想

今作がわたしにとって初めての矢田悠祐さんの作品観劇だった。
矢田さんのお名前やどんな作品に出演しているかはもちろん存じ上げていた中で、彼への印象は『顔が美しく歌が上手い』。
中でも様々な媒体で拝見する姿は、同じ人だと思えないほど美しい方だという印象が強く、わたしの中では

『神か悪魔が人間に堕落を教えるために遣わせ、誘惑するひとならざるもの』とか

『ギリシャ神話でゼウスがその美しさを自身だけのものとするために星座にされた美青年』

というイメージがあった。
そんな印象を抱いた中足を運んだ『ミュージカル ハムレット』の中のハムレットは、わたしが抱いていたイメージ通りで、恐ろしいまでに美しい矢田さんが舞台の上に居た。
次々と繰り出される力強くも美しい歌声、気迫と妖艶の演技、あまりにも美麗な狂気と悲劇にすっかりと心を奪われ、大変な興奮で体も心も熱くなり、その夜はあまりよく眠れなかった。
結局すぐにもう一公演観に行くことを決め、それまでの間にDVDの購入も心に決めてしまったのだった。

わたしはあまり教養がないため、ハムレットという作品の知識は、シェイクスピアの4大悲劇と呼ばれるということと、2019年は毎月どこかでハムレットが上演されているというくらい今年はハムレットイヤーだということくらいしか頭になかった。
『ミュージカル ハムレット』に足を運んだのは、もともと他の舞台で観たことのある上手い役者さんたちが揃っていて見ごたえがありそうで、わたしがイメージしていて観たいと思う矢田さんを観ることが出来そうだと感じたからだった。
その予想は見事に当たったわけで、今年の自分の直感は冴えているなあと喜ばしい。
一応、参考程度にwikiなどを浚ってから足を運んだが、初心者でも(だからこそかもしれない)非常にわかりやすい作りをしていたように思う。
荻田さんの作品は今年の『ミュージカル イヴ・サンローラン』で初めて拝見していたが、それとは印象が異なっていて驚いた。
多分荻田さんは作品に恋愛を重んじる方なのか、『ミュージカル イヴ・サンローラン』はピエール・ベルジュの愛の話だと感じたし、『ミュージカル ハムレット』はガートルートの愛の話だったように思う。
ガートルートは愛と自身の地位に翻弄され続ける女性として描かれており、その生き様は哀しいものだった。
しかし彩輝さんの女性としての美しさや豊潤さが光るからこそのガートルートだと感じた。
2度目の鑑賞で気づいたが、ガートルートが愛した先王フォーティンブラスが、フォーティンブラスの父で、ハムレットがフォーティンブラスの弟だったということは、ガートルートの恋は一方的なものだったのかもしれない。
先王ハムレットとその弟クローディアスの愛を、ガートルートはその愛を真実とは気づかず、自身を妃とすることで得る地位のための婚姻だと思い続けてしまったことが哀しい。しかしそう思わなければ先代フォーティンブラスへの愛を失うこととなることになると思ってしまったのか。
逆にハムレットは愛という感情が薄く描かれているようにみえた。『ハムレット』はハムレットの復讐とオフィーリアとの悲恋と思っていたため、少し驚いた。
最初からハムレットのオフィーリアへの扱いはどことなく冷たいもののように見え、熱っぽい感情は同じ境遇として出会ったフォーティンブラスへと向けられていたことが印象的だ。
ただ、ハムレットがオフィーリアと気持ちを通じ合わせ、初めて一夜を共にする場面、その後オフィーリアを「妖精のようだ」と見つめるハムレットには憧れのような恋を感じる。
しかしすぐに「尼寺へ行け!」と言い出すので、オフィーリアと一夜を共にしたハムレットの中には、恋をした相手との褥のことよりも、母であるガートルートと叔父のクローディアスの同じような場面が浮かんでしまい、嫌悪に蝕まれたのだろうと思った。
オフィーリアが自分の母のような淫らな女にはならないよう、また自分も淫らな人間にはならぬよう。性があることへの嫌悪と、高潔、清廉潔白な様が若く、苦しくなるほど美しい。
そんなハムレットがその後気を違えたふりをして狂気を纏い、演劇を見せ、クローディアスの罪を暴くシーンから先は、もう圧巻の連続だった。
罪を懺悔するクローディアスを物陰から見張り、「殺すのは今ではない、野獣の姿を無様に晒して死ねばいい!」(曖昧です)と歌うハムレットを見て『これが聞きたかった…』と強く思わされた。
そして息を整える間も無くガートルートを言葉の刃で攻め立てるシーンは、興奮で体が発火するかと思った。
狂気の中ハムレットがポローニアス(その前のシーンではギルデンスターン、ローゼンクランツと共に酷かつ重要な演劇を楽しく美しい歌声で演じていたのに!)を殺め、夫亡き後すぐに夫の弟であるクローディアスへと鞍替えしたガートルートへの嫌悪をむき出しにして攻める様と、そんなハムレットに怯え喚くガートルート。
ハムレットの眼前を通り過ぎていく先王ハムレットの亡霊に、一瞬心を収め、母ガートルートへ清廉であることを求めうっとりと諭すハムレット。
一番心の中がぐらぐらと滾り、手を何度もハンカチで拭うほど興奮したシーンだった。
この時にハムレットが着ている『狂気』を表す青い衣装もとても美しく、本当にわたしが矢田さんをイメージしていた

『神か悪魔が人間に堕落を教えるために遣わせ、誘惑するひとならざるもの』

のようであった。(実際は堕落を嘆き怒りを携えた復讐の男だったが)

そして1幕が終わり、2幕。
父であるポローニアスの突如の死に狂気に至ったオフィーリアが髪を切る、狂った様から始まる。
狂気を落としてはいるものの、自分に狂気を纏わせることとなったクローディアスへの復讐を心の中に持つハムレットはギルデンスターン、ローゼンクランツとともにイングランドへ送られていた。
皆本さんのオフィーリアの瑞々しく清らかな歌声は、狂気を帯びるその姿とあまりにも剥離があり美しく痛々しかった。
そのオフィーリアを、ハムレットの代わりとして見守るホレイショーは忠誠心に厚く健気、そして若松さんは歌がとんでもなく上手い。初めて彼を見たけれど、きっとまだ若い方なのだろうけど、あまりにも上手くて驚いた。きっとまた観る機会がある人だろう。
先王ハムレットが亡くなり、ガートルートとクローディアスの婚礼で狂ってしまったハムレットのために、デンマークの地へ呼び寄せられたのがギルデンスターン、ローゼンクランツ、ホレイショーの3人の友人たちだ。
ホレイショーはハムレットの無二の友人として描かれているが、ギルデンスターン、ローゼンクランツの2人は、彼らもハムレットのことを王子、また友人として心配していたのが感じられたのに、ハムレットは『王の手先』としか思っていなかったことがとても苦しかった。
終始双子の様に描かれているこの2人も、もちろん歌が上手い。オープニングはこの2人の『王子は狂った!』という歌から始まるが声の相性もとても良かった。加藤良輔さんのコメディっぽい演技は何度観ていても安心感があるなあと思う。
ハムレットと対のようになるフォーティンブラスの米原さんも、わかっているけど本当に上手い。
ハムレットはまだ迷いの思春期を抱えた青年のように見えたが、フォーティンブラスはハムレットが行く道を既に辿っている人物で、強さがあり兄の面影があった。
ハムレットとフォーティンブラスが二人で歌う様はそれぞれ王子としての風格も美しさも力強さもあり、素晴らしい方々の共演に、茫然として見つめてしまった。
クローディアスは情報から思い描いていたほどに悪人ではなく、舘形さんの持つ柔らかな美しさも活かされているのだとは思うけれど、やはりこの設定では愛から兄を殺した人間として描かれていたからかなと思う。佇まいが美しさと気品に溢れていた。
そして、先王ハムレットの亡霊は、観ながら考えているうちに『ミュージカル ハムレット』では先王ハムレットとしてだけではなく、先王フォーティンブラスの亡霊でもあったのかもしれないと感じた。
同じように復讐を抱き亡くなった二人の王。互いに亡霊となり全ての元凶であるエルシノアの地へと集い、ハムレットへ狂気を与え、過ちと悲劇、そして王族の崩壊をもたらした。
父、妹の復讐を胸に抱き、同じように狂気を纏ってしまったレアティーズとの一戦は、結末がわかっていても哀しく、ハラハラとする展開だった。
ハムレットの衣装はここでもやはり素晴らしく、身体の線がわかるくらいぴったりと合った衣装は、矢田さんの程よく鍛えられた美しい身体をより美しく見せていた。
レアティーズの成大さんは身長が高く見栄えがとても良い。彼の殺陣を初めて観たけれど、非常に迫力のある殺陣だった。
妹を想う姿はどのシーンも慈愛に満ちていて、今際の際にハムレットと分かち合う様も、狂気を拭った本来のレアティーズの優しさとハムレットへの尊敬が込められていて、その優しさに胸が締め付けられた。
そしてハムレットの最期のシーンは、全てのシーンの中で最も力強く生命力に溢れているように思えた。
後を追い死ぬことを許されない、絶望と悲しみに塗れたホレイショーに抱えられ、毒に侵されながらも「俺は死ぬぞ!」とはっきりと宣言するハムレットは、何もかもをこの世でやり遂げた強さを持っていて、死へ向かう肉体と反比例し、その心と体には王たる風格が満ち満ちているようだった。また、矢田さんが元々持っている自信や力強さもあの瞬間に現れているように見えた。
そして息を引き取ったハムレットを抱え、最期に一歩間に合わなかったフォーティンブラスへと、この悲劇に至るまでを語ろうとするホレイショーは、哀しみと悲劇への怒りに満ちているように見えた。
オープニングでは先王ハムレットの葬儀とガートルートとクローディアスの婚礼で打ちあがっていた大砲。
エンディングではハムレットが儚く美しく歌う「天使の翼よ~」の背景で鳴り響き、ハムレットたちの葬儀で打ち上げられているのがわかる。
天への梯子のように注ぐスポットライトの中、祈りの歌を歌い、客席に背中を向け自身を抱きしめるハムレットの姿は、まるで宗教画のように見えた。

ずいぶんと長々と感想を綴ってしまったが、こんなに長々と感想を綴りたくなるくらい『ミュージカル ハムレット』はあまりにも衝撃をもたらす作品だった。
キャスト、歌、演出、セリフ、衣装、舞台美術、どれをとっても素晴らしかった。
しかしやはり今回初めて観た矢田さんは改めて本当に素晴らしく、美しく、素人耳にも物凄く難しいと感じたメロディの歌唱力が圧倒的だった。
そしてメイクと衣装によって、元々美しい矢田さんが更に人間離れした美しさを十二分に発揮していて、その様があのハムレットの狂気と純粋、両極端の美しさの説得力を持たせていた。

わたしは、自分の推しを理想の姿で見せてくれて、きっとこれからも見せてくれるだろう三浦香さんに足を向けて寝ることは出来ないが、矢田さんを推している方もきっと荻田さんに対して同じような思いを抱いているのではないかと思う。

『ミュージカル ハムレット』、2回しか観ることが出来なかったことは悔やまれるが、あの凄まじい美しさに満ちた悲劇を何度も浴びていたら、きっと現世に戻ってこられなかっただろう。
しかしいつか、またあの狂気と美しさを浴びたいと思う自分がいるし、今回タイミングが合わず、観ることが出来なかった人にも観て欲しいと強く思う。
この作品の再演があることを願っている。

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