第二章 兵庫区 完

オカンが小学5年の時に突然いなくなって、親父は3日に1回しか帰ってこないトラックの運転手、みたいな家で育ちました。
19歳でドーンと家を追い出されて1人暮らし。
24歳で結婚したんやけど29歳で離婚してもたからそこからもまた1人暮らし。
31歳でまた結婚したんやけど、奥さんと息子は5年前から留学で海外に行ってまた1人暮らし。

で、気づいたんやけど、僕の人生
「おはよう」とか「いってらっしゃい」とか「ただいま」とか「おかえり」とかの総量が人より少ないんちゃう?


#神戸に住むで #神戸へおいで
二区目の兵庫区。
僕が住ませてもらったのは和田岬にある駄菓子屋さん、淡路屋。

朝起きて僕が仕事に向かう時、淡路屋の店主、伊藤さんや、おかあさん(伊藤母)や、たまに近所のおじいちゃんやおばあちゃんがいて、「おはよう」と「いってらっしゃい」がありました。

帰ってきたら「ただいま」とか「おかえり」がありました。
僕にとって、それがとても新鮮で、嬉しい事でした。


最終日、喜楽館での配信ライブが終わった後、淡路屋に行きました。
伊藤さんに感謝を伝えて、迎えに来てくれたスタッフのなかもっちゃんの車に向かう時、何度も淡路屋の方を振り返りました。

「うわーー、ほんまに終わるーー。」

って言いながら。



車に乗って、一方通行を右に曲がった所で、たまらなくさみしくなって、なかもっちゃんに「もう一回だけ淡路屋見させて!」って言いました。

右に、そしてもう一度右に曲がって、淡路屋が見えた時に、うすいオレンジのライトの中で片付けをする伊藤さんがいて、車を止めてもらいました。

淡路屋さんから伊藤さんが出てきて僕が「もう一回だけ淡路屋見たくて!」って言ったら伊藤さんは大きな声で「戻って来てくれたん!?」って言いました。
そこで、なんかめちゃくちゃ泣いた。

気の利いた言葉も浮かばなくて、僕はただひたすらえんえん泣きながら「あじがどうございまじだ。行っできばず。」だけ、何度も言いました。


一年の中で1番短い月、しかもずーっと緊急事態宣言も出ていたのやけど、クセの強い兵庫区の人達にたくさん出会えてよかった。
1人でウロウロする僕に、兵庫区の人はたくさん話しかけてくれて嬉しかった。

大好きです!
大好きになりました!

第二章、兵庫区、完!