カジノ紀行 第5回「ラスベガス②」

 これから数回に分けて、ラスベガスでの出来事を書いていきます。まず出発したのは4月25日でした。航空券を予約したのは1月頃で、羽田空港→ロサンゼルス→ラスベガス(マッカラン空港)の往復で8万円くらいです。

 予約した頃は東京に住む予定だったこともあり、羽田空港からの出発にしていました。実際は関西に戻っており、しかも前日まで仕事が立て込んでいたので、せっせと働いて、当日の朝に新幹線で出発しました。関西空港からもアメリカ行きの飛行機が出ているので、今回だけですね。

 ちなみに羽田空港に来るのは2回目で、前回はすぐにラウンジに入ってしまったので、今回は色々と見て回りました。外国人旅行者にとっては日本の入り口なので、《日本的なもの》が沢山あって安心しました。

 文化というのは本当に良いものですね。日本の町並みは今ではどこもかしこもビルとチェーン店で溢れかえっていますが、こうして日本文化を見ると落ち着きます。余裕を持って到着したので、端から端までじっくり見て回りました。

 そうこうしている内に時間も迫ってきたので、出国審査をして、飛行機へ。

 席は真ん中で、両隣が太ったアメリカンでした。エコノミークラスの中でも最悪のパターンです。実は手続きで席を変えることができたので、今後は必ず通路側にしなくてはいけないと思いました。

 離陸するとおしぼりが配布されて、ナッツと飲み物が配られました。左のアメリカンはコーラ、右のアメリカンはサイダーを頼んでいました。私はオレンジジュースです。ちなみに左のアメリカンは貧乏揺すりをしており、右のアメリカンは足が私の領域に踏み込んでいました。あとで分かりましたが、左の人は足だけでなく手も震えており、その後の食事をすべて断っていたので糖尿病だったのかもしれません。

 ともあれ状況に関しては我慢するしかないので、私は「映画を観る」→「寝る」→「映画を観る」→「寝る」を繰り返しました。観た映画はスターウォーズの新作2つとアイアンマンです。スターウォーズは以前から観ようと思っていたのですが、内容はいまいちでした(やはりスターウォーズはアナキンとオビワンの物語が至高ですね)。あとはとにかく「アメリカはやっぱり遠いところにある」と思いました。飛行機で行ってこれだけかかるのだから、船の時代は本当に大変だったのでしょうね。飛行機の1時間が船だと1日かかると聞いたこともあります。

 そうしてロサンゼルスに着きました。入国審査の後、一旦荷物を受け取り、また《ラスベガス行き》に預けました。ここらへんの手続きは荷物が行方不明になる可能性を考えると怖いですね。私の隣で震えていたアメリカンが荷物を探し回っていたので、少し心配でした。

 ロサンゼルスでは2時間ほど暇を持て余してから、ラスベガス行きの飛行機に乗り込みました。ここまで来るともう日本語のアナウンスもなくなり、周囲に日本人は見掛けませんでした。ただ、ロサンゼルスからラスベガスは1時間くらいなので、あっという間です。

 ラスベガスに着くと、いきなりスロットが置かれていたので驚きました。完全に異空間ですね。圧倒されつつ荷物を受け取ると、そのまま外に出れました。

 ついに到着です。およそ15時間の旅でした。ちなみに日本との時差は16時間なので、25日の16時半に出発して、同じく25日の15時半に到着しましたよ。1時間のタイムスリップです。

 それにしても外に出た瞬間は感慨深いものがありました。気持ちも高まっており、10時間以上も座りっぱなしで身体が鈍っていたのと、周りを見て回りたいという思いから、歩いてホテルまで向かうことにしました。あとで少し後悔しましたが、単純な距離計算では7kmほどだったのが、通れない道や歩道橋を登ったらそのまま建物に入る仕組みになっていたりと、結局は20km以上も歩くことになりました。

 とはいえ、ラスベガスは元々《砂漠のオアシス》でした。険しい道を歩んでこそ辿り着けたときの愉しみもひとしおのはずです。

 ここまでの時点で1時間ほどかかりました。車は無尽に走っていますが、人が歩いている様子は全くありませんでした。前にも後ろにも私だけです。

 ようやく見えてきました。人も行き交いしています。
 そして…。

 圧巻!
 本当の意味で到着した瞬間ですね!!

 右も左も見飽きません。観光客や働いている人を見るのも面白いです。あと建物の中に入ると、すぐにカジノとなっていました。

 煌びやかなライトに香水の匂いが充満しています。今は立ち止まらずに素通りします。

 シーザースパレスですね。ラスベガスはMGMとシーザースがツートップです。

 看板の類はどこもかしも巨大液晶モニターです。以前はギラギラのネオンだったのだろうと思うと、時代の推移を追い掛けても面白そうです。

 私の宿泊するホテルはまだまだ先なので、立ち止まらずに歩み続けます。ひとつずつ入ってみるのはまた改めて。

 さすがに疲れ果てたのと、ちょうど3階がフードコートになっていたので、ここでラスベガス初の食事を頂くことにしました。

 パンダエクスプレスにしました。自分でチョイスします。留学していた頃もよく皆で食べに行っていました。あの頃はいつも数人で一緒に行動していましたが、今はたった1人。懐かしさに耽りつつ、寂しくも感じました。

 フォーチュン・クッキー。

 と、しっかり休んだので、再び立ち上がりました。外を出ると夜になっていました。雰囲気は一転、空から照り付ける陽射しは去って、今度は地上の町々が光り輝いていました。

 サーカスサーカスというホテルです。アトラクションがあるのでそのうち乗ってみようと思いつつ、通り過ぎました。

 前方に見えているのはストラトスフィアホテルのタワーです。ちょうど京都タワーに似ていますね。京都駅の伊勢丹にあるレストランは京都タワーの夜景を見ながら食事することができるので、何度かお客さんと行ったことがあります。宿泊も一度だけしました(京都タワーはホテルです)。

 ラスベガスで面白いと思ったのは、ホテル同士で景観を交換していることですね。例えばバリーズというホテルでは、向かいのベラージオの噴水が良く見える部屋が人気であり、価格も高くなっています。ベラージオはMGM系列、バリーズはシーザーズ系列なので、本来は対立しているはずですが、互恵関係にもなっています。

 さて、ホテルの件で裏話があります。というのは私が宿泊することにしたホテルの話です。今回、私がラスベガスに来たテーマのひとつでもあります。


 私が宿泊することにしたホテルはラッキードラゴンという中国系のホテルです。このホテル、オープンしたのは2016年11月26日ですが、中国の投資家たちが「50万ドル以上投資するとアメリカの永住権が取得できる」ということを名目にした投資案件でした。そうしたこともあり非常に豪華な作りとなっていましたが、なんと今年2018年3月27日に破産しました。現在はカジノとレストランを休業し、ホテルだけ運営している状態です。

 部屋は綺麗ですが、ホテル自体の様子としては全体的に薄暗く、人の気配がしませんでした。実際、空港から結構離れているので、立地が悪いとしか言えません。このホテルの方針は中国人旅行客の集客で、中国人スタッフが何人もいましたが、そもそもの中国人旅行客自体は少ない有様です。中国人がカジノに行くならラスベガスではなくマカオやシンガポールということなのでしょう。

 要するに日本のカジノも戦略を誤ればこうなるということです。カジノが始まるからといって日本中に乱立させれば、破産するところも必ず出てきます。今回、ラスベガスの旅では《負の部分》も沢山見てきました。この日は夜になってしまって見えなくなっていましたが、すぐ手前にあったSLSホテル&カジノも2011年に破産し、解体作業中でした。

 ということで辺鄙な場所も自分の足で見て回ってきたので、次回以降、カジノの功罪を解き明かしていきたいと思います。

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