あてつけの旬:右体14
(日)
たとえばこんなことがあるかもしれない。人文学類の宗教哲学の授業を受けているとき、前の人がパソコンでインスタグラムを開いて見ていた。「MBTI別の(恋愛)相性」というタイトルのカラフルなスライドだった。そのまわりは、恋愛あるある的な動画系インスタグラマー。多分、人間関係を基本的にこれ「だけ」で動かしているのだと判断して驚いた。つまりこの人の頭では、自分の認識・行為の安定や革新のための準拠知識と人文学的興味はまったく干渉し合わないのではないかと直感してしまった(僕がそういう人を作りだした。実際どうなのかはどうでもいい)。
休み時間にその人が友だちで話していた将来の話は、「結婚はいつしてもいいけれど出産は26歳までがよく、それは高齢出産できついのは結局自分だから」「親は大企業に入って、その当時から育休などの支援の仕組みがあったのは驚きで、そのためどうあっても大企業に入りたい。しかしこれからは大企業が解体されるかたちでどんどんなくなっていくと聞く。私たちの世代で父母のような戦略をとるのは無理そうだ」という二つの話題の関係だった。人文学的興味は、実際の社会関係についての知識とも干渉しあわない。
自己についての準拠知識/社会・社会参加についての準拠知識/人文学=学的知識は完全に独立している。それが壊れていない人間だなと思う。
(月)
「どうやったら世界を良くできるだろうって?いままでずっと、人はみな平和を目指しているだっておもってたよ。でもそうじゃないみたい。身の回りは頼まなくても無限に便利になっていって、わたしは相変わらず不器用で不機嫌で無気力で、その影で最初から最後まで人の血が流れている。昔は何か手触りのようなものもあったのかもしれない。悪の。でも今は全部似ている。何が何に似ているとかではない。単に似ている。」
日本に生まれてよかったって、そう言ってもいいと思う。
そう言ったらいいだろうと、思う。
だって友だちが死んでからじゃないと人の死なんてわからない
死を弄んでいるのは自分も同じなんだろうって
悪も善もなく、戦争が政治の手段でもなくむしろ目的だったとしても(揺るぎない)、何か残っていると思いたいんだろう?でももうとっくに亡命しているだろうむしろ。
そうじゃなくて、むしろ、どうやったら口を噤むことができるかってこと
(火)
僕がここまで壊れてしまったのはいつだろう、なぜだろう、そして壊れているとはどういうことだろうということを繰り返し考える。これを自分にも人にも分かるように書くのは難しい。なぜならたいていの人の「壊れていなさ」に驚くことによってしか僕は自分の壊れかたを意識することがないから。それは人格が壊れているということの状態からして当然のことかもしれないが。
逆に言うと僕の頭では別々のことが干渉し合わないということがない。それゆえつねに自分単位の行動の準拠知識が揺れている。これが僕が壊れているということの一つの意味だ。この人間はつねに、自分が自分のために何をしたいのかまったくわかっていない。これはかなりばかげたことだ。なぜならこの人間は、処理する知識量が増えれば増えるほど壊れていくから。そして壊れれば壊れるほど処理量を落とさざるを得ないから。
彼らはうまく泳げる。
私は学者になりたい。
私はコーヒーが飲みたい。
私はもう行かないと
ここで煙草を吸ってもいいですか?
そうかもしれない。
盗みを働いてはいけない。
この公園では子供たちは遊んではいけない。
(水)
友だちは疲弊しているのかもしれませんでした。そう、夜道を歩くのもひと苦労で、そのためには僕たちは眠りから覚める必要があり、眠りとはずいぶん長いこと覚醒のことだと思われていたのでした。「まるで・・・」僕が言葉を詰まらせたときはじめて友だちはこちらを向きました。僕が何かを何かに喩えるということがずいぶん珍しいことだったからでしょうか、友だちの目は大きく開かれていて、僕はそのことを言いました。散歩は案の定そこで終わってしまったのでした。
思弁。
交替の時間、、、
僕は自分と人とを混同しすぎる。
(木)
「彼女に売春させるのは」「語彙と文法」「夫自身なのだ」「だが、社会関係はつねにあいまいで」「すべては」「非思考」とも言うべきである。「漠とする」「未来人間」。「やはり死とはそなたのことか リチャード」「女は常に裸の勝利」「ファシズムは倫理をドル化したもの」「演劇生産労働者」「無名の傑作」「革命政党にはすべてが政策の実行よ」「人民の解決の正しい見本」「幻想を捨てて闘争せよ」「試験は無意味である」「帝国主義は張り子の虎だ 見かけは怖いが中身はからっぽだ」「党が銃に命令する 銃は党に命令できない」「隣のアパートでは マルクス主義は羊だった」「我々は誰もが臆病(イエロー)なサブマリンに生きている」「楽しい(フロイト)デモクラシー」「映像は到来するだろう」「人間の真の条件は手で考えることだろう」「嵐の夜に書かれた悪夢のようだ」「言葉には命の痕跡しかない」「一時間の歴史をつくるには一生かかる」「ゆえに戦争はそれ自体神聖だからだ 世界の法則だからだ」
(鍵括弧内は、「未来人間」まで『彼女について私が知っている二、三の事柄』、「ファシズムは倫理をドル化したもの」まで『メイド・イン・USA』、「隣のアパートでは マルクス主義は羊だった」まで『中国女』、「楽しい(フロイト)デモクラシー」まで『ワン・プラス・ワン』、「ゆえに戦争はそれ自体神聖だからだ 世界の法則だからだ」まで『イメージの本』)
(金)
(土)
ちらつけば蝿は線なり標準時忘れてもイギリスとうたえば
蚊の章を最後に差し込むか迷う どの紙切れにもよだれが染みて
殺す気でさがし始めるまでの人を蚊は見てた いろんな角度から
/福田六個「蚊と肺の章」『つくば集第三号』
蚊になぜか興味が出て何首も詠んで、うっかり連作のタイトルにしてしまってからというもの、蚊や蝿や蛾のモチーフに「なるべく反応できるようにしている」のだけれど、そういう取り組み方はどこか、まったく同じ意味で誠実かつ不誠実だろうなと思う。でもいつでも反応できるようにしつづける、というのが大事か。
読み味としては、蛾が深いものが多いと思う。
あの黄色い建物がそう 片翅のない蛾のように近づいていく
/土岐友浩『ナムタル』
擬態する蛾の内奥に閉じ込めろ力にまつわる思考のすべて
/五島諭『緑の祠』
デッドエンド・嘘つきの蛾は傷む・マイ・プリンセス・蛾は夜更けに傷む
チョウ目のほとんどを占めているのは蛾らしい どっちでもいいのに
/青松輝「CULT/蛾」『4』
「CULT/蛾」において、キリストの誘惑≒カルトという主題と蛾が重ねられているのは鮮やかでいいなと思う。そのイメージはとても「分からせる」わけだが、偽の蝶という、その誘惑はどこか分かるようで分からないところがある。そこで、僕は蛾よりも蚊に惹きつけられていることを思う。誘惑に飲まれた瞬間、現実はつるりとした手触りとなる。雪も椅子も、たんなる物であるという強みを失って、感情や喪失の手のうちに堕ちてしまう。対して、昆虫は思い通りにならないものとして現れたとしても、機械が昆虫に似て、昆虫が機械に似て、気がつくと僕らの手のなかにある。あるいは逆。このどちらの極にたいしても不気味さを保つものとしての蚊。
キリストのカルトを信じてしまうかもしれないよ かみさまの喘ぎ声
/同上
イエスに肖たる郵便夫来て鮮紅の鞄の口を暗くひらけり
/塚本邦雄「流刑歌章」『裝飾樂句』
(日)
どうやっても芸人や俳優という仕事が気になっているずっと。
エンタメは壊れつづける。
芸人がコンビでどうでもいい企画やりながらおしゃべりしてるチャンネルと別に、ぜんぜんキャラを考えていないゆるい個人チャンネルを始めるのとか。どうあってもみんなに見てもらわなくてはたのしくないという面があるのか、それか、どんなかたちでも視聴者「数」を集めるのが正義というわけなのか。たぶん両方なんだろうけれど、力づよい時代が去って確信とみなせる言い草がほとんどなくなる。濃い影と薄い影と、そして光と影のあわいとの掛け合わせでどんどん、あいまいな像をつくりあげていく。メディアとして不安定な、鬱っぽいイコンにみんなすこしずつ時間を吸われて行って、そのせいでどんどん「お笑いの本番」としてのネタがインフレしていく、才能がどうでもいいパフォーマンスに吸われていく。
粗品、それは絶対に敵に回してはいけない最悪の人間
と自分で言う。あるあるネタの入りの台詞なのだけれど、あらゆる意味でそうなっていると思う。誰も彼が壊れていくスピードに追いつくことができない。その意味で、粗品とあのちゃんは似ている。
自分で自分を壊してしまうだけの人はたくさんいる。自分を壊しつつ、エンタメそのものを壊していく、その強靭さと速さは、彼を孤立させる。その持続。
エンタメ、広い意味での依存を前提にしたことがらはすべて壊れていくべきなんだろうと思う。この五年や十年で、今、何も壊していないことは、何かを食いつぶしているのと同じことを意味していて、それが分かるから、何が待っているのかもわからず、やるしかないんだろう。
(月)
そういうわけで僕の目標は、健康・教育・自信かなしばらく
十年後に僕が生きているという可能性。
(火)
みんなでご飯を食べるために、文庫本一冊をポケットに入れるだけ入れて走った。すぐに暑くなってセーターを脱いで手に持った。1時間遅れだった。卒業する先輩に(敬語ってほどじゃなく)敬体を用いる気はあって、三回に一回はそうしようとこの間遊んだ時思ったのだけれど、七回に一回ほどになってしまったので、そこからどんどん離れていった。
今日もそうだった。でも、卒業してしまえばどのみち友だちだからって思ってるところがある。そういうわけじゃないのは知ってるけどね?そう思ってる。
彼女から最近譲ってもらった短歌の本がいいものばかりで、何かやらなきゃな、って
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