【畑の生活】そらいろのたね
2本の畝を寝かせている間に、ホームセンターで野菜の種を買った。これまでホームセンターに行っても、素通りしていた入り口の外にある園芸コーナーの種のラックをじっくりと見る。秋冬でも植えられる野菜の種がずらりと並んでいる。思っていたよりも多い。それぞれ撒ける時期と収穫時期が書かれている。今から種を蒔くにはすこし遅そうなものもあるので、ひとつひとつ確かめながら種を選ぶ。
エンドウマメは秋植えできる越冬野菜の代表らしいのでマストだ。でも、種類はめちゃくちゃある。サヤエンドウ、きぬさや、そら豆、グリンピース・・・。どれもエンドウマメの仲間だ。僕は子どもたちも大好きなスナップエンドウにした。茹でるだけで、皮ごと丸かじりできる。子どもは芽キャベツが植えたいと言っていたが、時期が合わないようで、こちらは来年。変わりにカブの種を買った。カブといってもこの時期に植えられるのは小カブという小さめの品種だが「かぶのたねをまきました」なんて童話みたいでおもしろそうだ。ぬか漬けにするとおいしそうなはつか大根も植える。
あとは葉物だ。チンゲンサイ、小松菜、ほうれん草、これで十分と思ったが、帰りがけに「サラダミックス」というレタスやルッコラなどのベビーリーフとしてサラダにできる種がミックスされているものが目に止まった。僕はベビーリーフのサラダが好きだ。いちど奥さんに、これから夕食はベビーリーフのサラダのみ(丼いっぱい)にして欲しいと打診したことがあったが、あっさりと却下されたことがある。「サラダミックス」には20日から1ヶ月程度で摘むことができると書いてある。僕の煩悩は、摘んでも摘んでも伸びてくるベビーリーフを想像する。2本目の畝は4つに分けてある。ひとつはカブとはつか大根の「ちいさなかぶ」エリア、もうひとつはチンゲンサイ、小松菜、ほうれん草の「葉物三銃士」エリア、いちごの苗を植えることは決まっているので「ストロベリーフィールズ」エリアも確保する。それでも、あとひとつ余る。僕はここに「サラダ王国」を建国することに決めた。
翌週、ホームセンターで買った種を持って畑へ行った。マルチが風で飛ばされていないか心配だったが、しっかりと固定されている。空き缶をくり抜いたみたいな器具を使ってマルチに穴を開け、種を植えていく。植えるものによって間隔をとらないといけないので、種の袋の裏面を読んでいると、長老がやって来た。2本目の畝も綺麗にできていると褒めてくれた。僕は嬉しくなった。仕事で褒められたり評価されたりするのとは全く違う。心があたたかくなった。長老は農作業用のスコップはだいたい長さが30cmだから、それを目安にマルチに穴を開けていけばいいと教えてくれた。スコップで間隔を測りながら、目印をつけて缶でくり抜くと穴のなかに茶色く湿度を保った土がのぞく。土がうっすらと寝息をたてている気がした。
種まきなんて、おそらく小学生のとき以来だ。スナップエンドウの袋を開けると、ごろっとた種が出てきた。種が青いことに驚いた。色も形もターコイズみたいだ。僕は美しいと思った。エンドウマメの起源はエジプトだそうだ。ツタンカーメンの墓からも出土したと聞いたことがある。古代エジプト人はぐんぐんと縦横無尽にツルを伸ばす、このターコイズのような種を聖なる種だと考えたのかもしれない。実際にどうかは知らない。でも、僕が古代エジプト人ならきっとそう考えただろうと思う。土に種を植える。芽が出てツルが伸びる。そこになる恵みを享受する。この一連の流れそのものは、古代エジプトの時代からなにも変わらない、ひとつの真理だ。ターコイズは僕の誕生石でもある。なんとなく縁起がいいなと思いながら、僕は「そらいろのたね」を土に植えた。
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