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【畑の生活】ほうれん草

その日、畑に出ているのは長老と僕たち家族だけだった。冬は夏に比べてやることは、そう多くない。冬の畑は静かに時間が流れていくそうだ。長老はいつもの紺色の作業着の上から黄色い防寒着を着て、農園全体をゆっくりと歩いて各畑の様子を見て回っている。「だいぶ順調だ。」うちの畑を見て長老が言った。ベビーリーフは、何度か収穫しているがまだ成長している。色んな種が混ざっているので、水菜やルッコラ以外にも若いレタスの葉っぱもいい具合に育っている。これまで何度かの収穫は、ハサミでちまちまと葉を選んで積んでいたが、いよいよ追いつかなそうだ。僕は緑の葉や茎の束を掴んで、根っこからゆっくりと引き抜いた。根は固く簡単には抜けない。根や茎がちぎれることのないように、ゆっくりと力をかけていく。僕が根を引っ張っていると同時に、大地が僕を引っ張っているような気がした。緑が大地から剥がれる音がする。根は大量の土を抱えながら大地から離れる。お米よりもちいさな、あの種のなかにこれだけの力が収められていたのだ。このまま引き抜かずに置いておけば、まだまだ根は伸び、葉は大きく育つのだろう。僕らは種をはじまりとし朽ち枯れるまでの、その途中にある生命力を頂いているのだ。

ベビーリーフの根と対峙している僕をよそに、長老はほうれん草の畝を眺めている。「端の3束ほどは、もう採りどきだ。」と教えてくれた。立派に育っているなと思いつつも、収穫のタイミングがよくわからなかった。よくみると確かに端の3束は他のものよりもひとまわり大きく育っている。それぞれをじっくり見ることが必要だ。「種を蒔いたのはいつだったか記録してあるか?」と長老に問われた。僕は大体覚えてはいるが、記録には残していないと答えた。これだけ順調に育っているのは、種を蒔いた時期が良かったからであり、その日付を記録しておけば来年の種巻き時期の参考になると教えてくれた。データは実践により自分でつくっていくのだ。

長老は収穫のタイミングを逃していたサツマイモと、白菜を子どもたちに収穫させてくれた。鎌の握り方を教わり、力いっぱい収穫した自分の身体ほどもあろうかという白菜。この先彼らがスーパーに並べられた白菜を見ても、なんらかの実感を持ってそれを手に取ることができるといいなと思う。僕は白菜のお礼に自分の畑で初めて取れたほうれん草をひと束、長老に渡した。長老はとても嬉しそうに、ほうれん草をひとつまみ口の中へ放り込んで、「うん、甘い」と笑った。

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