エイプリルフール~黄金の桜~

4月1日、エイプリルフール。
世間はここぞとばかりに、
あることないことウソをつき放題。

「人に害のない嘘ならどんな嘘をついても許される日」

そんなとんでない日の起源が、
実は日本にあったことは意外と知られていない。
それが、1人の少女と、青い目の少年の出会いがきっかけであったことも。

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昭和20年、11月。
終戦まもなく、まだ日本が焼け野原であった頃。

「まみ」という1人の少女がいた。
戦火で親兄弟をなくした彼女は、
復興支援として作られたた米軍施設に、
天涯孤独の身として、身を寄せられていた。

自分の家と家族を一瞬でなくし、あらゆる感情が欠落し、
ただふさぎ込むだけの日々。

そんな時、駐留していた中将の1人が、息子を本国から呼び寄せる。
息子の名は、ジョン・トゥルーマン。
以前から日本に興味を持っていた彼は、
父親が長く滞在すると聞き、自分も行きたいと懇願していたのだ。

来日してすぐ、ジョンは彼女と出会う。
柵で囲まれた施設の片隅で、膝を抱えうつむいている。
黒く長い髪が、夕日に照らされている。
綺麗だった。
自力で学んだばかりのカタコトの日本語を頼りに、
おそるおそる話しかけるジョン。

「コ、コニチワ、キミ、ナマエハ?」
久しぶりに話しかけられた声に、思わず顔を上げる少女。
ぎこちなく微笑む少年の目は、透き通るような青さだった。
それに吸い込まれるように、ぼそりと彼女は、答える。

「まみ」
「マミ?」
「そう、まみ。」
そのまま、またうつむいてしまった。

ジョンは夕食でそれを伝えると、
父親は初めて彼女の名前を知った、と驚く。
それまで少女は一切、口を開くことはなかったのだ。

ジョンは次第に彼女と接するようになり、
互いに言葉を教えあうようになった。

「ねぇ、好きな色は何?」
「ん〜、黄色、かな。お花の色。」
「黄色は、yellow。 僕は、青が好きだな。blue、この瞳と同じ」
自分の瞳を指差し、おどけた顔をしてみせる。
少女はクスリと笑う。

「ねぇ、まみって、どういう字を書くの?」
「どういうって、漢字のこと?」
「そう。漢字には、色んな読み方とか意味があるんでしょ?
 全然わからなくって。」
「そうね、ジョンには、まだ難しいかな。じゃあヒントをあげる」
「わたしはね、ウソがつけないの。」
「どうして、マミはウソがつけないの?」
「たくさん勉強すれば、分かるわよ。そのうちね」
いたずらそうに微笑んだ。

それまで人形のように顔色ひとつ変えなかった少女は、
次第に笑顔を取り戻していく。
いつしか彼は、淡い思いを抱くようになっていく。

しかし、その小さな幸せも、長くは続かなかった。
拾われるまでの長い間、
ろくに食事もとれていなかったことが災いし、
少女は病に倒れた。
医者にも見せたが、治療の目処も立たず、日に日にやせ細っていく姿を、
彼はただ見守るしかなかった。


やがて意識がある時のほうが少なくなってきた頃、
少女は目覚める度に、こう尋ねるようになった。

「今日は何月何日?」
「え?2月1日だよ。」
「そう、、、」
そしてまた、目を閉じる。

「今日は何日?」
「2月10日だよ。」
「そう、、、」
そしてまた、目を閉じる。

あんなに綺麗だった黒髪が、見る度にくすんでいくかのようだった。
あぁ。生命が、消えていく。
何もできず、思い悩むだけだったジョンは、
ふとある日の会話を思い出す。

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「ねぇ、桜の木って、見たことある?」
「SAKURA?写真では見たことはあるよ」
「そっちには、ないの?桜」
「うん、見たことない」
「4月になるとね、このあたり一面に咲くの。すっごくキレイなのよ!」
目を輝せて満面の笑みを見せる少女の顔を、
ジョンはいつまでも見ていたいと思った。

「お父さんとお母さんと手をつないでね、毎年それを見に、、、」
そこまで言い、うつむく少女。
思い出してしまった。
そのまま、またうつむく。
ジョンは、何も言わず、ただ横に座っていた。
どれほどの時間が経ったか、ジョンは伝えた。
「一緒に、見よう」
「桜が咲くまで、日本にいるよ!だから、一緒に見よう!約束だ」
「うん」
うつむいたままだったが、少女の目には、光がこぼれていたように見えた。

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「約束…」
我に返ったジョンは部屋に走り、
持ってきた荷物の中から、1冊の風景写真集を取り出す。
ページをめくる。
「あった!これだ!」
そこには、大きな桜の木が描かれていた。
その青い目に、強い決意が宿った。


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「今日は、何日?」
また、彼女は尋ねる。
もう耳を近づけても、わずかにしか聞こえない声で。
黒く長く、あんなに美しかった髪はもうほとんど残っていなかった。

いつもは淡々と答えるジョンだったが、この日は違った。
自然と、声に力が入った。
「今日は、4月。4月1日」

わずかに、目に光が戻ったかに見えた少女に、
笑顔で答えるジョン。
そして、窓の外をゆっくりと指差す。

ゆっくりと少女が顔を向けると、
そこには光り輝く、大きな桜の木が広がっていた。
まるで黄金のように。

風が、舞い散る花びらが、少女の記憶を呼び起こす。

桜並木を、母と手をつないで歩いている。
顔を見上げ、たずねた。
「ねえ、どっちが私の名前をつけてくれたの?」
「お父さんよ、男の子だったらお母さんが考える、
女の子なら自分がつけたいって。ね?」
横に並んで歩く父親に微笑みかける。
「ああ。結婚した時から決めてたんだ」
「そうなんだ。わたし、好きよ、この名前」
ポン、と頭を撫で、父は語りかける。
「優しい子に、真っ直ぐな子になりなさい、マミ」


少女は、ニッコリと微笑んだ。
それは、それまでで一番の、満面の笑みだった。
そして、最後にこう言う。

「綺麗な桜、、、今までで一番綺麗。」
「ありがとう、ジョン。お父さん、おかあさ、ん」
少女は、静かに目を閉じた。
その目は、二度と開くことはなかった。

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少年は、その後しばらくの間、
日本に残り、父親と共に再興を支援する。
学校があったが、すぐに帰国することなど、出来なかった。

そして迎えた、春。
彼は、2つの事を知ることになる。
本物の桜を初めて目にした時、それに気づいた時、
涙を流した。


1つめは、
自分が見せた桜が本物ではないと、
彼女は気づいていたということ。

彼は、父からもらった写真集を元に、
天井まで届くほどに大きな、桜の絵を描いた。
そして、それに色を塗った。


彼女が息を引き取ったのは、
2月20日。
まだつぼみもつく前だった。

当時はまだ、カラー写真のないモノクロの時代。
ジョンは、本当の桜の色を知らなかった。
だから色を塗ったのだ。
彼女の好きだった、黄色い花の色を。

もう1つは、彼女の名前。
どうしても知りたかった事を、
必死に調べ、ようやく突き止めた。

「花田 真実」
それが彼女の名前。
「嘘がつけない」というのは、
文字通りの意味だった。

少年の名は、
Jon・"ture"man
ジョン・トゥルーマン

2人の「真実」がついた、
たった一度だけの嘘。


母国に戻った彼は、歴史の教師となり、
日々、平和な未来を、教え子達に託し続けている。
授業の中で、こう、振り返る。

「私にとって、4月1日は特別な日だ。
世界で最もバカなウソをつき、
世界で最も優しいウソをつかれた日なんだ」

彼は今でも、毎年必ず彼女の"命日"に日本を訪れている。

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原案:キリオ
構成:キリオ
脚本:キリオ

これは、10年近く前にmixi日記で書いたものに、加筆修正をしたものです。
この物語は全てフィクションであり、登場人物は実在の人物等とは一切関わりはありません。
当然、時代考証や現実との相違、粗探しなども無意味です。
また、アイデア・著作権等の権利は全て作者本人のみに帰属し、無断転載などは固くお断りいたします。
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こんな短いあらすじだけで、えらい時間かかった。
小説家って、すごいんだな。
という、4月1日の"お話"、でした。


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