女根建供養②

以下の文章は、先日ラジオ番組「囲碁将棋の情熱スリーポイント」に送ったメールである。

件名:女根建太一

RN・くだらない質問

 その夜は、やけに外気が冷え込んでいた。病にかかりそうなほどに暑かった今年の夏は、あっけなく去っていった。

 久々に恋人に呼び出された、女根建太一。恋人と言っても、最後に楽しく言葉を交わした日すら思い出せないほど、二人の関係は希薄なものになっていた。

 待ち合わせは彼の家の近くにある小さな公園だった。久々に会った二人は並んでベンチに腰をかけ、数分間上辺だけの近況報告をする。その間彼は、女根建の顔を一瞬たりとも見ることはなかった。言いたいことがあるのに口に出せない彼の様子を察し、女根建は平静を装いながら言う。


「私のこと、もう好きじゃないでしょ。」


震えた声で発されたその言葉に対し、彼は一瞬動揺したが、気まずそうに頷いた。

女根建は分かっていた。彼が自分に対して、もう少しの好意も持ち合わせていないことも。常に気を遣って生きる彼が、自分に配慮して別れを切り出すタイミングを見計らっていたことも。

分かっていたが、軽率にうなずく彼が少しだけ憎くなり、せめてもの抵抗で呟く。


「なぁ。いねぇって。この状況でうなずくやつ。」


しかし女根建が、そんな彼の不器用さを心の底から愛していたのもまた事実だった。

その後女根建は、不自然に明るい声で話を続けた。

「まじきちぃー!でも仕方ないか!人の気持ちってどうにかできるもんじゃないし。それなら、朝まで話に付き合ってよ!なぁ、最後くらい楽しく終わろうよ。」

そう言って無理やり仕切り直した。そんな強がる女根建の様子を見て、彼も明るく振る舞う覚悟を決めた。

その後、女根建太一と元恋人となった彼は思い出話に花を咲かせた。

お互いが好きだと確信した瞬間のこと、初めてデートに行った日のこと、言われて嬉しかった言葉。

名前のついた関係から解放された二人は、素直な言葉を交わせるようになっていた。皮肉なものだ。

ふと女根建がiphoneのサイドボタンを押すと、4時30分の文字が目に飛び込んだ。始発の時間が迫っている。女根建が家に帰ることを彼に告げた後、二人一緒に駅へ向かった。


始発が到着するまであと10分。改札の前で彼が、抱きしめようとする素振りで女根建に近寄る。しかし女根建は彼の肩を両手で押し退け、呆れた素振りで言う。

「なぁ。好きでもないのに抱きしめるやつ、この世で一番幼稚なのよ。」

そして自分の鞄から彼の家の合鍵を取り出し、彼が羽織ったカーディガンのポケットにそっと差し込んだ。

そんな女根建を見て彼が重々しい口調で「今までありがとう。元気で。」と伝えると、女根建は「そっちも元気でね、さよなら。」と笑顔で返事をした。

惜しげもなく彼に背中を向け、改札をくぐる。

一度も振り返らずに足早に階段をのぼり、昨夜よりさらに冷えこんだホームに到着した。大きく深呼吸をすると、ひんやりとした空気が肺に染みた。肌寒さに耐えること数分後、電車が到着し、がらんとした車両に乗り込む。座席に腰をかけた瞬間、右頬に涙が伝った。寒々しい蛍光灯の光の中、ぽつりと呟く女根建太一。


「なぁ。こんなにいい女、どこにもいねぇって。」

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