微熱を内包した感情の定量的検索

はじめに

本記事は畑亜貴先生のラジオ『弱り目に祟られろ!レディオ 或いは感情言語化研究所』(通称:たたらじ)の32祟目にてご紹介を受けました「微熱の定量化研究」の内容を纏めたものです.

ラジオリスナーの皆様に結果を共有させていただければと思い,Web Blogとして公開させていただきます.
以下は,研究時に纏めた文章をほぼそのままコピー&ペーストしたものとなります,ご査収くださいます様,何卒宜しくお願い致します.

Introduction

“微熱”は畑先生に独自性の強い概念である.その魅力は多くの人を惹きつけている一方で,明確な定義が困難であり謎に包まれた一面もある.そこで,“微熱”と相関性の強い言葉や“微熱”を内包した概念を統計学的な手法によって検索し,“微熱”の概念をより具体化して理解を深める事を目的として研究を行った.
本研究では「微熱は畑先生に特異性の強い概念である」という仮定を踏まえて行った.また,iTunesで公表されている“playlist “BINETSU” by AKI HATA”では畑先生が携わった作品の中でもラブライブ!シリーズ作品が選定されている事を踏まえ,研究対象をラブライブ!シリーズ作品に限定する事とした.

Method

・研究の大枠について
各言葉について,畑先生が作詞された歌詞中に登場する頻度を調べた.本研究では,研究開始時点で確認する事の出来るラブライブ!シリーズ楽曲の歌詞を対象とした.つまり,「2022年5月1日迄に公表されているラブライブ!シリーズ楽曲」を対象楽曲とした.それぞれの言葉について,同時に“微熱”が用いられていたかどうかを確認する事で,その言葉と“微熱”との登場頻度に相関性があるかどうかを調べた.その際,それぞれの言葉の数え方は以下で統一した. 

 [言葉の数え方]
一. 1つの歌詞に対していくつ言葉が含まれているのかを調べる.
二. 曲のタイトルは含めず,歌詞中に用いられたかどうかのみを判定基準とする.
三. ひらがな・カタカナ・漢字の表記はそれぞれ別物として扱う.
四. 品詞が異なる場合には別物として扱う.
五. 動詞や形容詞などの活用形においては同じ言葉として判定する.

研究対象の言葉は畑先生がブログなどで使用された事のある単語をピックアップし評価対象とした.「thinking about my life,」のタグで纏められているブログを中心に過去の記載を参照させていただき,以下に記載する計73単語(“微熱”を除くと72単語)について,各楽曲で用いられた回数をカウントした.

 [研究対象キーワード]
微熱,勇気,覚悟,旅,人生,夢,余裕,好奇心,好(き),素晴(らしい),美(しい),感謝,恋,素敵,瞬間,愛,未来,理想,幸せ,最高,今,儚(い),素直,孤独,自由,始まり,願い,叶(う),音楽,興味,情熱,想い,面白(い),挑戦,期待,喜び,楽しみ,純粋,妄想,潔癖,可愛(い),友情,諸行無常,変化,体験,冒険,未知,ときめき,決断,成長,創造,感動,欲望,不思議,痛み,新(しい),嬉(しい),原点,輝き,奇跡,星,景色,スリル,偶然,魔法,青春,名前,単純,蝶,自信,メロディー,予感,空,気持ち,トキメキ

・統計学的手法について
Microsoft Excel 2013を用いて以下の統計学的解析を行った.
 
①χ2乗検定を用いた”微熱”と”キーワード”との相関性の検討
それぞれの場合について,微熱または対象キーワードが歌詞内に含まれているかどうかを確認した.「微熱を含む楽曲数」,「“対象キーワード”を含む楽曲数」,「どちらも含む楽曲の数」,「どちらも含まない楽曲の数」をそれぞれ集計し,以下の表を作成した.

”微熱”と”キーワード”との登場頻度を集計した表


この結果を基にχ2乗検定を行い,微熱と“キーワード”との間に使用される頻度の相関性が有意と言えるかどうかを判定した.なお,一般的にはP値<0.05を有意と判断する事が多いが,本研究では72回のχ2乗検定を行うため,P値の閾値を0.05に設定する事でαエラーをきたす可能性が高くなる事が懸念される.そこで,本研究ではP<0.05/72(≒0.0007)の場合に有意差があると判断する事とした.
 
②尤度比・内包性の検討
”微熱”に対する各キーワードの尤度比を検討した.定義より,今回計算する項目は以下となる.
感度=n/n+N
特異度=M/m+M
陽性尤度比=感度/(1-特異度)=(n/n+N)/(m/m+M)
陰性尤度比=(1-感度)/特異度=(N/n+N)/(M/m+M)
 
また,本研究では微熱と対象キーワードとの包含関係を考慮するにあたって「内包性」という概念を定義する事とした.内包性を以下と定義する.
 内包性=(n/n+m)/(n/n+N)
これは「キーワードに対する微熱の感度」と「微熱に対するキーワードの感度」との比をとった値である.つまり,この値が大きい程そのキーワードは微熱を内包している可能性が高い,更に言い換えると微熱の必要条件となる要素を多くもっていると推測されると判断する事が出来る.
 
③歌詞内での言葉の使用頻度に重みづけをつけた回帰分析
各楽曲において,微熱および対象キーワードの使用頻度を調べた.
uz(x,y)=(楽曲Z内で使用された”微熱”の数,楽曲Z内で使用された”対象キーワード”の数)とし,この全ての要素を持つ全集合をUとする.Uに含まれる全てのデータを基に,y=bxという線形モデルを用いた回帰分析を行った.その結果として得られた勾配係数,R2値を確認した.

Result

各楽曲における各単語の登場回数

上に各単語の登場回数を集計した表を示す.この結果をもとに解析を進めた.
一例として”微熱”と”覚悟”との関係を調べたものを示す.

”微熱”と”覚悟”との相関性を調べたχ2乗検定
”微熱”と”覚悟”のそれぞれの登場頻度に重み付けをした回帰分析

上記解析を72単語それぞれに対して行った.
その結果を纏めたものを下に示す.

解析結果の纏め

①χ2乗検定を用いた相関性の検討
「好奇心」「未知」「名前」「予感」の4つの単語で有意性を認め,「微熱」との相関性が示唆された.また,「恋」ではP値が0.01と低値を示したが,本研究ではP<0.0007を有意と判定する事としたため,有意に相関性があると判断出来る結果ではなかった.
また,他にも「成長」「覚悟」もP値は比較的低値であったが,やはり有意と判定できる値ではなかった.

②尤度比・内包性の検討
本研究で対象とした楽曲では「微熱」が使用されている楽曲は6つしかなかった.その影響もあって,ほとんどの単語において特異度,陰性尤度比は大きな値となっていた.一方で,陽性尤度比は「好奇心」「未知」「名前」の3単語において10以上と高値を認めた.一般的にも陽性尤度比は10を超えると判定に有用となるとされており,この3単語の陽性尤度比は,これらの単語が「微熱」を示唆しうる単語となる可能性を示唆している.特に,「未知」の陽性尤度比は約45と非常に大きなものであった.
内包性は本研究でのみ定義した概念であり,一般的に統一された解釈は存在しないが,定義を踏まえると1以上であれば微熱を内包した概念である可能性が示唆される.内包性においては「好奇心」「未知」の2単語で1以上であった.特に,「未知」の内包性は3であり,「微熱」を大いに内包した概念である可能性が考慮された.他にも比較的内包性が高かったものとしては「名前」「成長」「覚悟」が挙げられ,これらは内包性が0.6を超えていた.

③言葉の使用頻度に重みづけをつけた回帰分析
特異度,陰性尤度比の際にも問題となったのと同様に,「微熱」の使用回数自体が少ない事に伴って,いずれの解析でも勾配係数は比較的小さな値であった.勾配係数が1を超えたものとしては「夢」があったが,R2値は-2.2と小さく科学的意味付けは困難と思われる.勾配係数が高めのものとしては他にも「名前」「予感」「始(まる)」「ときめき」「楽(しい)」が挙げられるが,いずれもR2値はやはり低値であり,使用頻度という観点で一定の解釈を得る事は困難であると考えられた.

Discussion

まず,「好奇心」と「未知」の2つについてはχ2乗検定での相関性だけでなく,陽性尤度比,内包性のどちらも高値であり,微熱を内包した概念である可能性が示唆された.「好奇心」とは「未知のものを探究する気持ち」とも言い換えられるため,この2単語において微熱の内包性が示唆された事は興味深い点である.「好奇心」と「未知」のどちらが先行概念であるのかを本研究のみで言及する事は出来ないが,「好奇心」よりも「未知」においてより陽性尤度比および内包性が高値であった事を踏まえると,微熱の背景にある概念としては「未知」の方がより適している様に思われる.

また,「名前」および「予感」でもχ2乗検定における有意差が認められた.「名前」については陽性尤度比も比較的高かった.一方で,内包性は0.75であり,本研究内では比較的高値であるものの,値としては1を超えておらず,「微熱」を内包した言葉と判定するには疑問が残る結果となった.実際,定性的に考えても「名前」という概念単独が「微熱」を呼び起こすとは考えにくい.どちらかと言うと,好奇心を持ったもの,素敵だと感じたものの名前が心に浮かぶ形で「微熱」へと還元されていく事が想定され,その中で「名前」が果たす役割は感情と微熱とを橋渡ししているという事になる.その事を踏まえると,名前における内包性は否定的であり,一方で形容詞から微熱へと橋渡しをする役割を果たす事で相関性は持っていると考える事は出来るのではないだろうか.「予感」も同様の議論で,相関性はあるものの内包性はないのだろうと考える事が出来る.「予感」の場合には「●●の予感」という形で用いられる事が多いため,やはり「名前」と同様に形容詞と微熱を橋渡しする役割の方が大きいのではないだろうか.

本研究では有意差を認める事は出来なかったものの,「恋」ではχ2乗検定におけるP値が約0.01であった.これは,「微熱」と「恋」の親和性が強いと予想される事を踏まえると納得が出来る.一方で,尤度比,内包性はいずれも低い値であり,恋自体が必ずしも微熱を含んだものとは言い切れない事は想像される.

他にも,有意と判定できなかったものの比較的χ2乗検定におけるP値が低い値であったものとして「成長」と「覚悟」がある.これらはいずれも,内包性の値が約0.6と本研究内では比較的高値であった.この2つの単語は微熱を内包した単語と判定する事は出来ないが,微熱と部分的に関わっている可能性が残る単語であると言える.定性的に考えた際に微熱と成長,覚悟にどの様な関連があるのか,または関連がないのかは難しい命題であるため,今後の課題とする.

有意性を認められなかった単語の中には過去の議論から相関性が期待されたものもあった.その代表例として「情熱」がある.この言葉は“微熱 → お熱 → 情熱”モデルで知られる様に,微熱と関わりがある言葉である.本研究では相関性,内包性のいずれも確認されなかったが,この事は微熱と情熱が経時的に変化した結果として関連しうるものの,その中にある感情は全く異なるものである事を踏まえると納得がいく.

他にも,「素敵」「期待」「純粋」といった言葉もこれまでにあった微熱の議論からは相関性が期待された言葉である.これらの単語の結果の解釈についてはいくつかの可能性が挙げられる.
①これらの単語自体には内包性がなく,これらの言葉から端を発した「好奇心」や「未知」などの,より内包性を持った概念が微熱との関わりを作ったため,過去の議論において微熱との関わりが期待された.
②本研究はあくまで単語の登場頻度のみを調べた研究である.明文化されていなくても,文外の感情としてこれらの単語を含む別の言葉が関連している可能性は否定出来ない.
③感情を言語化するにあたって,「素敵」「期待」「純粋」といった抽象的な概念を扱うと交絡要因が議論の途中で絡んでくる可能性がある.過去の議論に何かしらの交絡要因があり,偽性の相関性が示唆されていた可能性がある.

Limitation

本研究の限界として,先にも挙げた通り言葉が使用されているかどうかのみに着眼しているという点が挙げられる.実際,畑先生が“微熱曲”として過去に仰った曲の中には「微熱」という単語を含んでいないものも多くあった.また,その他の単語についても明文化されていなくても曲全体のメッセージとして何かしらの感情を含んでいる可能性は捨てきれない.本研究ではその様な文外の要素が全て取り除かれているという限界がある.

また,研究対象とした曲も限られた対象となっている.「微熱」が畑先生に特異性が高いという事を踏まえると畑先生が関わった作品に限定して議論する事自体は矛盾しないと考えられるが,その研究範囲をどこまで広げるべきなのかについては議論の余地がある.

そして,シリーズ作品を対象とした影響として「微熱」を使用した楽曲が少なかったという問題点が挙げられる.シリーズ作品の場合,その作品の根幹について言及した歌詞も多くなると思われ,その中で「微熱」という言葉が用いられる頻度が減る事は自然である.そのため,研究範囲の選定については今後も慎重な検討を要するだろう.

Conclusion

本研究は“曲中で言葉が使用された頻度のみに注目している”という限界はあるものの,微熱との相関性についてある程度意味のある結果が得られたものと考えられる.特に,「好奇心」と「未知」については定量的な解析としても有意性があり,定性的に考えても微熱との相関は示唆されるため,微熱を内包した概念を見ている可能性は十分に挙げられる.他にも相関性の高い言葉としては「名前」や「予感」があるが,これらは内包関係があるというよりも,交絡要因を介した相関性を見ている可能性が高い.その他の言葉については微熱との内包性を示唆する結果ではなかったが,定性的な評価や,研究モデル次第ではこれらの単語と微熱の相関性を議論する事は可能であると思われる.今後の課題として,研究対象を再考慮した上での解析,定性的な評価も踏まえた議論などが挙げられる.引き続き,微熱の本態について考える議論が盛んとなる事を期待する.

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