赤ちゃんとの生活など

ワタシは非常に大人げない人間なので、生後8ヶ月目の人生を迎える幼い子どもにも全力でイライラする。ついこの間までは赤ちゃんにイライラしてしまう自分を狂うほどに責めて自己嫌悪の泥沼にハマっていた。行き場のない感情を抱え込んだ心の淀みは涙になってボロボロと溢れてくることだって少なくない。しかし、己を責めてもこれといった解決策を導き出せるわけではなく、自分を追い込むことでさらに悪循環へとのめり込んでいく。

赤ちゃんにイライラしてしまうそもそもの原因は、産後のホルモンバランスによるもの。赤ちゃんからしてみれば、母親の勝手な都合で理不尽な怒りを露呈されているため、非常に不愉快極まりないだろう。とはいえ、母親も一人の人間であることに違いはない。一度、負のホルモンバランス期から抜けてしまえば道は大きく開けてくる。真っ暗闇の深淵には徐々に光が差し込んで、徐々にこれまでの日常風景が広がっていく。ある意味、赤ちゃんにイライラしてまうのは、赤ちゃん自身に甘えている証拠だろうな。何度も言うが、本人からすると酷く迷惑な話であることは承知の上。赤ちゃんが母親という存在に甘えているのと同じように、ワタシもまた赤ちゃん自身に甘えてしまっている部分がある。果たしてその行動が正しいのかどうか定かでないけれど、ワタシは完璧な人間になることはできない。だからこそ、イライラした自分を自己嫌悪する沼に嵌ってしまわないよう、何らかの形で逃げ道を作っている。これはある意味、イライラする自分を肯定する気持ちに近い。「大丈夫だよ」と自分に声をかけてあげると、自己嫌悪という真っ暗な洞窟に光が差して足元が明確になってくる。そしていつもの日常が目の前に広がり、赤ちゃんにも優しく微笑むことができるのだ。

子育てにおいて常にお守りのように抱きしめているマインドは「いかに手を抜いて楽をするか」というもの。もともと心のキャパシティ容量が小さく、新たなに外付けのHDを増設することも無理に等しい。そのため、キャパオーバーにならないための一工夫が重要になってくる。万が一、オーバーしてしまえば目の前に広がる現実は地獄絵図にもなりかねない。完璧を求めて自分の首を絞め殺すくらいなら、都合の塩梅で力の強弱をつけながらストレスフリーに生きていたいというのが本音だ。

できることなら愛する我が子に対してもイライラする気持ちを0にしたい。そのためにも、このキャパ容量をどのように消費していくか?という部分が非常に重要なポイントとなってくる。満杯になって溢れかえってしまったその時、自ずと赤ちゃんにも悪影響を及ぼし兼ねないわけで、きっと誰も幸せにならない未来がはっきりと見えてる。自分を肯定して可愛がることでキャパ容量も有効活用できるほか、心の余裕が生まれて赤ちゃんにも優しくできるというのが魂胆。

だからワタシは赤ちゃんに全力でイライラしても自己嫌悪になることをなるべく避け、自分を肯定しつつ赤ちゃんには理不尽な怒りを露呈してしまったとこに対する誠心誠意を込めた謝罪を心がけてる。完璧な母親にはなれないけど、赤ちゃんのことを愛している気持ちや仲良く一緒に暮らしていきたいという気持ちに変わりはないから。

こんなことをつらつらと吐露しても、果たしてそれが正しい言動なのか?は誰にもわからない。育児には正解・不正解のない難題が山積みで、各々の新年をもってそれぞれが奮闘している分、誰かの育児論に対して心無い言葉をぶつけられることも多くある。ワタシ自身もそれを恐れているのは多分めちゃくちゃな本音なんだ。でも、他者に何かとやかく言われようとも自分が心地の良い選択をできることが一番より良く生きる近道だと思う。子育てに限った話ではないけれど、自分が思うベストの尽くし方に自身を持つことはとても大切で。誰かの何気ない言葉に怯える日々であるけれど、それでも一番重要なことは他者のお気持ちではなく『己のお気持ち』なのだから。いかに自分を奮い立たせて強く生きるか?明日も無事に終わることができるのか?その最低限のベストを尽くすために今日も生きてる。


突然、母親という資格を与えられ、これまでの生活とは180度すべてのものが変わっていく毎日。子どもを授かる以前はその環境変化に適応できるのか?と怯えていた。実際に赤ちゃんとの生活がはじまってみると想像よりもはるかに心地よく毎日を過ごせることも多い。もともと自分の時間をそこまで大切にしたいという性分ではなかったのもあってか、忙しない日々の波に飲まれることをどこか楽しんでいる。もちろん、冒頭で話したように物事が思うように進まずイライラして泣いてしまうことも。しかし、子どもを授かる以前から異なるベクトルでの躓きは数多くあった。赤ちゃんが存在しない世界線でも何かしらの要因による不安・苦しみ・悲しみ・悩み・憤りは感じていた。生活サイクルは大きく変わったけど、気持ちの面では妊娠する前と大きく変わったようには感じない。母親になったところで、ワタシがワタシであることに大きく変わりはないのだから当たり前だが。

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