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好きと気づいたその日からⅤ

井上さんと別れた後、昨日散歩で訪れたケーキ屋さんの前を通りかかった。

初めてのお店は緊張するものだが、勇気を出して入ってみることに。

カランカラン

恐る恐る店内に足を踏み入れるとバックヤードから同い年くらいの女性店員がちょうど出てきた。


「あ、いらっしゃいませ」


小さく会釈をしてショーケースの中を見渡した。


「プレゼントですか?」

〇:えっ、あ、まぁ...。

?:やっぱり。

〇:どうして分かったんですか?

?:ふふっ、秘密です。

店員さんは笑顔でそう言った。

〇:秘密...

?:彼女さん、何がお好きなんですか?

〇:あ、いや彼女じゃないです。
妹で...

?:妹さんにプレゼントなんて素敵ですね?

〇:いえ...。
でも、何も知らなくて...。

?:何も知らない?

〇:本当の兄妹じゃないんです。
まだ知り合ったばかりでお互いのこと知らなくて。
だから、少しでも話すきっかけにしたくて。

?:なるほど...じゃあ、これとか!

彼女はモンブランを指さした。

〇:どうしてモンブラン?

?:ふふっ、それです。

〇:えっ?

?:なんでって思うでしょ?
だからです。


ハッとした。
ただプレゼントするだけなら最悪の場合、会話には発展しないだろう。
けれど、モンブランをあえてプレゼントすれば先ほどの僕みたいにどうしてという気持ちになる。
そこから会話が始まるという訳だ。
まぁ、もちろんそこから続けるのは僕の話術にかかっているわけだが...。


?:どうしますか?

〇:そ、それにします!

?:ふふっ、ありがとうございます。


丁寧に箱詰めしていただいて会計を済ませて店の扉に手をかけると


?:転校生ですよね?

〇:えっ?

?:私、同じ学校なんです

〇:あぁ、そういうことで...

?:ふふっ、もしかしたら学校で会うかもしれませんね?

〇:かもしれませんね

?:ふふっ、それじゃあ
また来てくださいね?
待ってますから。

〇:は、はい…
それじゃあ…失礼します…


ふわっとした笑顔を見せる彼女に小さく会釈して僕は店を後にした―

「ただいま」

また誰の返事もない。
彩ちゃんが帰ってくるまでモンブランを保管しようと冷蔵庫へ向かうと何やら冷蔵庫の扉の前で人影がもぞもぞと動いている。
恐る恐る近づいてみるとその正体は彩ちゃんだった。

〇:えっと...彩ちゃん...?
何してるの...?

彩:えっ!?○○さんっ!?

〇:あ、ごめんなさい。
急に話しかけたりして...。

彩:いえ...。

彼女の左手には空になったミニトマトの容器があった。

〇:ミニトマト好きなんですか?

彩:まぁ...。

〇:へぇ...

当然会話は続かない。
気まずい空気が流れだしたとき彩ちゃんが口を開いた。

彩:最後の一個食べますか...?

〇:えっ?

彩:おすそ分け...です。

〇:じゃ...じゃあ…いただきます

彩:はい。

〇:ありがとうございます。


彼女からミニトマトを受け取って口に入れた。
思ったより甘くておいしかった。


彩:それじゃ...。

〇:あ、待って。

彩:何ですか?

〇:これ、彩ちゃんに。

彩:私に?

〇:うん。

彩:開けていいですか?

〇:もちろん。

彩:モンブラン?

〇:うん

彩:ありがとうございます
私、モンブラン大好きなんです

〇:えっ、そうなんですか?

彩:はい
って、知らなかったのにどうしてモンブランを?

〇:え?
あ、えーと店員さんにおすすめされて...

彩:不思議な店員さんですね

〇:あははは...

彩:じゃあ、いただきます

〇:どうぞ。


一口食べると彩ちゃんの表情は見る見るうちに柔らかくなっていった―



立ったまま食べるのも変だと思い僕たちは食卓に移動した。

彩:これおいしいです

〇:よかった。

彩:でもどうして?

〇:話すきっかけが欲しくて。
女の子だからスイーツ好きかなって。

彩:そういうことだったんですね。

〇:うん。

彩:なんか、気を遣わせちゃってごめんなさい。

〇:いや、いきなり家族だなんて言われて初めから仲良くなんてできないし。
お互いに気を遣うのはきっと自然だから。
それに...

彩:それに?

〇:僕は兄って柄じゃないから。
彩ちゃんも僕みたいな人が義兄なんて嫌でしょう?


そう言っておどけて見せた。


彩:そんなことないです…

○:え?

彩:まだわからないじゃないですか
私たち兄妹になったばかりなんだし

○:確かにそうだけど…

彩:私、○○さんに憧れてたんです

〇:憧れ?

彩:一度だけ、全国大会を見に行ったことがあって。
その時に〇〇さんの射を見て。
私もこんな風に綺麗に弓を引きたいって思ったんです。

〇:...。

彩:だから、初めてお父さんに○○さんを紹介された時にびっくりしたんです。
急に雲の上の憧れの人が身近な自分の兄になるっていう現実が呑み込めなくて。
正直今も飲み込めてないです。
でも、○○さんがこうやって私のことを気にかけてくれるのに私だけこんなじゃダメですよね…

〇:そんなこと…

彩:無視してるみたいですみませんでした。

〇:あ、いや気にしないで。

彩:私…

〇:話してくれてありがとう。
無理せず、彩ちゃんには彩ちゃんのペースがあると思うから。
だから、話したくなったらでいい。

彩:○○さん…

○:僕も本当の兄にはなれないかもしれないけれど、少しでも兄妹らしくなれるように頑張るから。

彩:…。

〇:それじゃ。
またね。


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