i.Make: AIある名刺入れ
うなだれる李九段の表情は、もの悲しくも、どこか口元には笑みを浮かべているように見えた。
それは、自嘲なのか、人間の知能の敗北なのか、それとも人類に敵なし、魔王と謳われた囲碁の天才が、新たに対峙できる(機械/AI)という相手を見つけた喜びなのか。
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ここに一つの名刺入れがある。
セレクトショップにおいてあれば、6,800円はしそうな質感のいいものだ。
デザインもいい。
この名刺入れ、AIと何の関係があるのか。
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この名刺入れが出来るまでに、職人は、
上質な皮を手に入れ、
丹念になめし、
デザインを考案し、
図面を引き、
それを皮にトレースして、
精密に裁断し、
デザインを刻印し、
名前、ロゴを入れ、
ひと針ひと針精魂込めて縫い、
ハトメ穴を空け、
金具を留め、
完成する。
職人は、この作業を一つ一つ行い、一つの名刺入れを作るのに、1時間以上を要する。
職人は、1日にこの名刺入れを5個作れれば上出来だ。
しかも職人はここに至るまでに10年ほどの修行を積んでいる。
それだけの価値がある、6,800円の名刺入れ。
この名刺入れ、AIと何の関係があるのか。
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実はこの名刺入れは、
Laser CutterとUVPrinterという、最新のMaker機器で、10分ほどで作られたものなのだ。
この10分で作られた名刺入れを作るのに必要なスキルは、まったく様変わりする。
外形のデザインを、Adobe Illustratorで書く。
皮上のイラストは、タブレット上でスタイラスを使った手書きのAdobe Drawを使う。
外形とイラストをデータにしたら、あとの作業は、レーザーカッターが行ってくれる。
カラーでイラストを入れたければ、皮の上からUVPrinterが綺麗にプリントしてくれる。
縫い穴もレーザーカッターが空けてくれるので、面倒な穴打ちをする必要もない。
ロウ引きの糸での手縫いが面倒であれば、皮用接着剤でとめるだけでもいい。
私は、夜中の暇つぶしに手縫いを行うのが、正直好きだ。
IllustratorとLaser CutterとUVPrinterが使えれば、自分の好きなデザインで、自分の好きな形に、10分で皮の名刺入れを作る事ができる。
この名刺入れは、古臭い皮袋だろうか。
ハイテクの為せる業だろうか。
ただ、スキルが移転しただけだろうか。
かつて産業構造は、農業などの第一次産業から、工業の二次産業に人が移動し、そしてサービス業などの第三次産業に遷移していった。
今は、家内制手工業的な部分、小売などのサービス部分が、凄い勢いで何かに取って代わられている。
この名刺入れ、AIと何の関係があるのか。
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李九段本人はもとより、彼の表情を見た全ての人が、何か得体のしれない(機械/AI)に、少なからず不安な気持ちを掻き立てられたのではないか。
人間がやれる事は、どんどん狭められている。
我々がやれる事は、無くなっていくのではないか。
AIに駆逐されない名刺入れは作れるのだろうか。
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2015年にオックスフォード大が発表した論文で、10年以内に無くなる職業リストというのが世界に衝撃を与えた。
銀行の融資、クレジットリスク担当者
税理士、簿記、経理担当者
ほとんどの受付業務(電話オペレーター含む)
これらは10年後には、人間がやる事ではなくなっていると言う。
名刺入れ職人は無くなるのだろうか?
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実は、先ほどの名刺入れは、名刺が入っていない。
では、何が?
名刺を渡す時、この場面でこの名刺は何かそぐわない、と思う時はないだろうか?
そう、この名刺入れ、名刺が入っていない代わりにNFCタグ(小型のスイカのようなもの)がシールとして貼られていて(茶色い四角いシール)、相手がスマホをかざすだけで、相手に合った情報を渡す事が出来る。
ビジネスの場では、会社の電話番号と所在地。
プライベートな場では、自分が書いているブログのURLなどを相手のブラウザに表示。
仲良くなりたい相手であれば、SNSやLINEなどの友達申請。
何かを宣伝したい時は、自分で用意したYoutube動画が勝手に再生される。
どうだろうか?
この"手"作り名刺入れ欲しいだろうか。
これを作る事は、意味のない、時代遅れの作業だろうか?
10年後も生きる、スキルだろうか。
AIが名刺入れを作る日が来るかもしれないが、皮を愛でる、皮を触りながら作る人間の感覚は残る。
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実は、この名刺入れはいらない。
その名刺入れの代わりに、このキーホルダー。
なんだろうか?
この中には、先ほどの人によって表示内容が変わる名刺情報タグ、そして更にNanacoとQuickPayがついた、小銭入らずの電子財布なのである。
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AIある名刺入れ、が作れれば、何も恐れることはない。
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