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一字決まりは何枚なのか考えてみた

お久しぶりです。しばらく何も書けていませんでした。

競技かるた選手の皆さん、突然ですが、一字決まりは何枚ですか?

む、す、め、ふ、さ、ほ、せ、の7枚と答えたあなた。正解です。1音目を聞いた瞬間に出札を1枚に絞り込める札、すなわち「一字決まり」は全部で7枚あります。選手にとっては基本知識ですね。

ところが、「一字決まりは28枚ある」なんてとんでもないことを言い出す人がいるのです。漫画『ちはやふる』に出てくる周防久志名人です。作中で周防名人は「感じの良い選手」として描かれます。「感じが良い」というのは、耳が良く、音を聞く能力に優れているという意味の競技かるた用語です。感じの良い周防名人にとっては、一字決まりは28枚あるというのです。『ちはやふる』30巻では周防名人が音響分析を受けるシーンも出てきますね。

では、実際のところ「一字決まり」は何枚あるのでしょう。ここでは、理論上の「一字決まり」の枚数を考えてみることにします。

「一字決まり」の定義

2音目の子音を聞く前に出札を1枚に特定できる札を「一字決まり」とする。

聞き分けの条件

① 第一フォルマント(F1)から第三フォルマント(F3)までの遷移
2音目の子音(子音がない場合は母音)の種類によって1音目の母音はフォルマント遷移を起こす。そのパターンによって2音目を予測する。
※フォルマント遷移についての説明はこちらから

② 1音目の母音の長さ
2音目の子音が無声子音である場合、1音目の母音の長さは短くなり、2音目の子音が有声子音または母音である場合、1音目の母音の長さは長くなる。その違いによって2音目を予測する。

100首を2音目によって分類すると以下の9種類8パターンになる。

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100首を以上の8パターンに当てはめていき、1音目が同じ札の中で同じパターンに当てはまる札がなければ「一字決まり」として認められるということになる。

読手の音声の条件

(一社)全日本かるた協会の読手テキストにしたがって読む。一字決まりの特定にあたって特に注意すべき点は以下の通り。
① ガ行音は口蓋垂鼻音(鼻濁音)で読む。
② 決まり字までは一定のスピードで読む。

各札の分析

一枚札(む・す・め・ふ・さ・ほ・せ)
説明不要。すべて一字決まり。ちなみに「ふ」の子音[Φ]が1音目に現れるのは「ふくからに」のみであり、100首中唯一の0.5字決まりである。

二枚札(う・つ・し・も・ゆ)
うか 無声舌背音(パターンB) →一字決まり
うら 有声舌先音(パターンD) →一字決まり

つく 無声舌背音(パターンB)
つき 無声舌背音(パターンB)

しら 有声舌先音(パターンD)
しの 有声舌先音(パターンD)

もも 有声両唇音(パターンF)→一字決まり
もろ 有声舌先音(パターンD)→一字決まり

ゆら 有声舌先音(パターンD)→一字決まり
ゆう 連続ウ母音( 変化なし )→一字決まり


三枚札(い・ち・ひ・き)
いに 有声舌先音(パターンD)→一字決まり
いま 有声両唇音(パターンF)※

ちは 無声声門音(パターンC)→一字決まり
ちぎ 有声舌背音(パターンE)※

ひさ 無声舌先音(パターンA)
ひと 無声舌先音(パターンA)

きり 有声舌先音(パターンD)→一字決まり
きみ 有声両唇音(パターンF)※

四枚札(は・や・よ・か)
やす 無声舌先音(パターンA)→一字決まり
やえ アーエ母音(パターンD)→一字決まり
やま 有声両唇音(パターンF)※

よも 有声両唇音(パターンF)→一字決まり
よを 連続オ母音( 変化なし )→一字決まり
よの 有声舌先音(パターンD)※

かさ 無声舌先音(パターンA)→一字決まり
かく 無声舌背音(パターンB)→一字決まり
かぜ 有声舌背音(パターンE)※

五枚札(み)
みち 無声舌先音(パターンA)
みよ ヤ行半母音(パターンH)→一字決まり
みせ 無声舌先音(パターンA)
みか 無声舌背音(パターンA)

六枚札(た・こ)
たか 無声舌背音(パターンB)
たき 無声舌背音(パターンB)
たご 有声舌背音(パターンE)→一字決まり
たま 有声両唇音(パターンF)→一字決まり
たれ 有声舌先音(パターンD)→一字決まり
たち 無声舌先音(パターンA)→一字決まり

この 有声舌先音(パターンD)
こぬ 有声舌先音(パターンD)
これ 有声舌先音(パターンD)
こい オーイ母音(パターンD)
ここ 無声舌背音(パターンB)※

七枚札(お・わ)
おく 無声舌背音(パターンB)→一字決まり
おぐ 有声舌背音(パターンE)→一字決まり
おも 有声両唇音(パターンF)→一字決まり
おと 無声舌先音(パターンA)→一字決まり
おお 連続オ母音( 変化なし )※

わび 有声両唇音(パターンF)→一字決まり
わす 無声舌先音(パターンA)
わが 有声舌背音(パターンE)※
わた 無声舌先音(パターンA)

八枚札(な)
なつ 無声舌先音(パターンA)→一字決まり
なが 有声舌背音(パターンE)
なげ 有声舌背音(パターンE)
なに 有声舌先音(パターンD)※

十六枚札(あ)
あい アーイ母音(パターンD)
あり 有声舌先音(パターンD)
あら 有声舌先音(パターンD)
あま 有声両唇音(パターンF)※
あわ ワ行半母音(パターンG)※
あし 無声舌先音(パターンA)
あさ 無声舌先音(パターンA)
あけ 無声舌背音(パターンB)
あき 無声舌背音(パターンB)

結論

以上から、一字決まりは以下の33枚である

む す め ふ さ ほ せ
うか うら もも もろ ゆら ゆう
いに ちは きり
やす やえ よも よを かさ かく
みよ
たご たま たれ たち
おく おぐ おも おと
わび
なつ

また、前項において※印をつけた札は、試合中の決まり字変化によって二字決まりになった場合、1音目で聞き分けることができる。

まとめ

以上、今回は二つの条件の組み合わせによって、「一字決まり」の枚数を検討しました。その結果、試合前の時点での「一字決まり」は33枚であるという結論に至りました。試合中、札が読まれることで決まり字変化した場合や、友札を同一陣に並べた場合においては、一字決まりの枚数がこれ以上に増えることがあります。

また今後の課題として、1音目の母音が2音目の母音に影響されてフォルマント遷移を起こすパターンの検討が必要です。たとえば、今回「つき」「つく」は一字決まりではないと判断しましたが、それぞれ2音目「き」「く」の母音イ・ウに影響を受け、1音目の母音ウのフォルマントが微妙に変化しています。こうしたケースを調べ上げることによって、一字決まりの枚数はもう少し増えると思われます。が、これを調べるには大変な時間と労力が必要なので、今回は一旦保留としました。

『ちはやふる』の周防名人の「一字決まり」は28枚でした。周防名人がどの札を「一字決まり」と思っているのかはわかりませんが、今回理論上の「一字決まり」としたのが33枚であることを踏まえると、周防名人でも聞き分けられない札があるということになりますね。私のような凡人であれば、なおさら聞き分けられません。理論上の「一字決まり」と実戦での「一字決まり」はどれくらい一致し、どれくらい乖離しているのか、ぜひトップ選手の感覚を聞いてみたいものです。

感じの良い選手になりたい人生だったなあ。

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