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競技かるたを「見るスポーツ」にするために

今日で北京五輪も最終日。ソチ五輪以来、カーリングを応援している私としては、カーリング女子日本代表ロコ・ソラーレの快進撃に、毎日ワクワクが止まらないオリンピックだった。本題に入る前に、一言だけ。

ロコ・ソラーレおめでとう!!!!!!

「見るスポーツ」になる必要性

さて、昨年夏の東京2020、そして今年の北京2022と、さまざまな競技をテレビ観戦する中で、常に思うことがあった。

――競技かるたは、どうか?

オリンピックは、普段はあまり見る機会のない競技を見るチャンスだ。その中で、日本代表が活躍したいくつかの競技は世間の注目を集め、その競技自体がブームになるようなケースもあった。そうしたケースを見るたびに、競技かるたがこうなるためにはどうすればいいのだろう、と私は考えていた。

周知の通り、近年の競技かるた界では大きな変化が起こっている。末次由紀先生の漫画『ちはやふる』をきっかけとして競技かるたの知名度が上がり、競技人口は爆発的に増加した。高校選手権などを見ていても、今まで代表チームの出ていなかった都道府県からも代表チームが出場するようになり、ここ数年はほとんどの都道府県がチームを送り込んでいるのではないかと思う。つまり、ただ競技人口が増加するだけではなく、競技かるたが行われている地域の拡大も起きているということだ。

こうした昨今の競技人口増加によって、さまざまな「嬉しい悲鳴」も聞こえてくる。大会への申込者が増加し、全員が大会に出場できるわけではなくなった。大会を運営するための経費が増加し、運営が厳しくなった。大会の役員が足りない。初心者の受け入れ先が足りない、等々。これらの「嬉しい悲鳴」を解決するためには、「お金」の問題が重要な位置を占めている。大会やかるた会、あるいは協会を運営するための費用を調達することが、解決に向けて一つの突破口になるということは、概ね異論のないところなのではないかと思う。

では、どこから費用を調達すればよいのか。現在の競技かるた界は、その内部でお金が回っているといえる。競技者が年会費を払い、それを資金として協会が運営される。出場者が参加費を払い、それを資金として大会が運営される。払う人も使う人も競技関係者、というのが現状だ。しかし、これには限界がある。競技者が増えれば増えるほど、そして事業を大きくすればするほど、競技関係者全体の経済的な負担は大きくなっていく。これを打開するためには、競技かるた界の外側から資金を調達しなくてはいけない、ということになるだろう。

こうした取り組みがないわけではない。その最も大きな例が、「ちはやふる基金」さんの活動だ。『ちはやふる』作者の末次由紀先生を中心として発足した「ちはやふる基金」は、高校選手権などの大会を支援をしてくださっている。「ちはやふる基金」さんの活動は、競技かるた界と『ちはやふる』のファンの方々をつなぐ活動でもあるのだろう。完全な「外側」とまではいえないかもしれないが、競技者ではない人たちを競技かるたの輪の中に取り込んでいこうという方向性は大事だ。そういった意味で、「ちはやふる基金」さんは先駆的であるといえる。

しかし、「ちはやふる基金」さんだけに頼ってばかりいては、競技かるた界の発展にはつながらないと思う。「『ちはやふる』ファン」と「競技かるたの競技者」は重なっている部分も大きいからだ。『ちはやふる』のさらに外側、競技かるたにまったく触れたことがない人たちをどうやって取り込んでいくか、その戦略こそが、最も重要なのではないかと思う。そのためには、競技者ではない競技かるたファン、つまり、見るスポーツとして競技かるたを楽しむ人たちを増やしていくことが必要なのだろうと思う。

カーリングと車いすバスケから得た学び

そこで、カーリングの話題に戻る。今大会、カーリングが注目を集めた要因の一つに、公式YouTubeチャンネルやSNSでの発信があったと思う。日本カーリング協会は、マーケティング委員である岩永直樹さんを中心に、大会前から毎日のようにYouTubeでライブ番組を配信し、カーリングの面白さを発信する活動をしていた。ライブ番組には一流のカーリング選手たちが出演し、カーリングを見る上でのポイントや、オリンピックの各試合の見どころをわかりやすく解説していた。決勝前夜に配信されたライブ番組には7000人を超える視聴者が集まり、準決勝の振り返りと翌日の決勝に向けた展望を楽しんでいた。また、TwitterやInstagram、FacebookなどのSNSを通して、オリンピック現地からの情報や配信番組の情報を発信することで、より多くの人を「カーリング沼」に引き込んでいったのである(私も引き込まれた一人だ)。こうした一連の活動は、戦略的なスポーツであるカーリングの魅力を広め、どうしたらカーリングを面白く見ることができるのかを教えてくれた。また、「もぐもぐタイム」「そだねー」などのある意味で競技の本質と関わらない部分だけではなく、競技そのものに世間の注目を向けるというねらいもあったのだろうと思う。

SNSなどを通じた取り組みはカーリングだけではない。昨年夏の東京パラリンピックで男子が銀メダルを獲得した車いすバスケットボールもその一つだ。車いすバスケの場合、発信するコンテンツだけはなく、SNSの使い方に一つのポイントがあった。日本車いすバスケットボール連盟公式Twitterの自由奔放な(?)発信が話題になったのである。公式Twitterを運営する通称「なかのひと」さんは、「#全力応援」と称して試合中にファンと一緒になって叫んだり、感情を爆発させたり、時には他競技の試合を観戦するツイートをしたりと、いい意味で「公式アカウント」っぽさのない発信をしている。こうした「なかのひと」のキャラクターは、競技者ではない「外側」の人たちを車いすバスケの輪の中に取り込んでいった。親しみやすいキャラクターが、ファンになるハードルをぐっと下げたのである。

こうした事例を踏まえると、競技かるたを「見るスポーツ」に押し上げるためには、YouTubeやSNSなどでの発信が不可欠なのではないかと思う。今現在そういった取り組みが存在しないわけではない。昨今、多くのトップ選手がTwitterアカウントを持ち、各々の立場からかるたに関する情報を発信している。また、コロナ禍に入って以降、かるた関係者によるYouTubeチャンネルも活発化してきており、ネットでの発信という意味では数年前に比べるとかなり多くの情報が発信されるようになってきた。しかし、これらのSNSやYouTubeの多くは競技かるた界の「内側」に向かって発信されている。A級選手が初心者に向けてアドバイスを発信する、といったように、競技かるた界の内部で完結しているパターンが非常に多い。おそらくこれは、多くの発信源が私的なものだからなのではないかと思う。競技かるたの「外側」の人たちは、私的に発信された競技かるたの情報にはあまり目を向けない。競技かるたについて知ろうと思うと、多くの人はまず公的な情報源から発信された情報を得ようとする。ならば、競技かるた界として公的な立場から情報を発信していく必要があるのではないか。

そうした視点から注目しておきたいのが、現名人の川瀬将義さんが運営するYouTubeチャンネル「Karuta Club」だ。名人という公的な立場をうまく生かしながら、競技かるたに関する情報を「見る」「やる」「勝つ」という三つの視点から発信している。競技かるたを「見る」という視点からの発信は、まさに競技かるた界の「外側」に向けた発信であり、今までの競技かるた界にはあまりなかった活動ではないかと思う。

とはいうものの、個人レベルでの発信には限界がある。やはり、全日本かるた協会を中心として、「競技かるた界公式」としての発信が必要になってくると思う。現在、全日本かるた協会は公式YouTubeチャンネルを持っており、名人戦・クイーン戦を初めとするタイトル戦の中継などを配信しているが、「外側」に向けて競技かるたの魅力を発信できているかどうかというと、微妙なところだろう。また、TwitterなどのSNSアカウントは開設していない。公式SNSを開設し、YouTubeチャンネルと紐付けして情報を発信していくことで、より広い範囲に競技かるたの魅力を届けることができるのではないか。

競技かるたの強みと弱み

では、具体的に競技かるたをどのように発信していけばよいのか。これはあくまで個人的な考えだが、競技かるたはコンテンツとして大きな魅力を持っていると思っている。言い換えれば、さまざまなアピールのしかたが可能だと思う。

まず、優勢・劣勢が見た目にわかりやすい。競技かるたは持ち札を先に0枚にした方が勝ちなので、その時点で持ち札が少ない方がリードしているということになる。並んでいる札の枚数を数えれば優勢・劣勢が誰にでも判断できる。また、一つ一つのプレーが見た目にわかりやすい。読まれた札を相手より早く取る、というシンプルなルールなので、それぞれの札がわからない人でも「うわ、今の札早かった!」といった楽しみ方ができる。一方で、選手は決まり字計算や送り札、札の配列などを考えながらプレーしており、かなりの頭脳戦でもある。そのため、コアなファンは選手と一緒に状況や戦略を考えながら観戦することができる(まさにカーリングと同じ!)。身体的な動きの面白さと頭脳プレーの面白さ、その両方を兼ね備えた競技かるたは、より幅広い層のファンを獲得する可能性を秘めているのではないか。

また、日本の伝統文化である和歌を用いた競技であるという点から、文化的なアプローチでPRしていくこともできる。名人戦・クイーン戦のYouTube中継を見ていると、読手の声に注目したコメントも多く、視覚的・聴覚的に日本文化を味わえるコンテンツとしてアピールしていくのもありだろう。また、タイトル戦など和装で試合が行われる大会もあり、さまざまな日本文化が融合した形として発信していくことで、日本国内に留まらず、世界中にファンをつくることも可能なのではないか。

一方で、いくつかの弱点もあげられる。まず、他競技のように、オリンピックやワールドカップのようなメディアに取り上げられるイベントがなく、ファンを獲得するための機会に乏しいという点である。しかし、オリンピックほどではないにしても、名人戦・クイーン戦は『ちはやふる』の効果も相まって知名度が上がってきているし、近年はちはやふる小倉山杯などの新しいタイトル戦も創設された。こうしたイベントのときに、いかにうまく情報を発信していくかが重要だろう。全日本かるた協会として公式ハッシュタグなどを作り、Twitterでトレンド入りを狙ってみる、といったチャレンジをしてみるのも面白いと思う。競技かるた界全体にハッシュタグをつけた「実況ツイート」を呼びかけることで、「外側」の人たちの目に留まる確率を上げていくのである。

また、競技かるたの最大の弱点として、札がわからないと面白さが半減するという点が挙げられる。もちろん札がわからなくても、選手の身体的な動きを楽しむことはできるのだが、より深く競技かるたを知ろうとすると、どうしても札を覚えることが必要になってくる。他競技に比べて必要となる前提知識が多いというのは乗り越えるべき大きな課題だ。画面上での見せ方を工夫するなど、技術的な側面も含めて検討が必要だろう。

まとめ

以上、つらつらと述べてきたように、競技かるたを「見る競技」にしていくためには、情報発信力の強化が必要だと思う。YouTubeチャンネルで競技かるたの魅力を発信する番組を配信するなどの取り組みはすぐに実現させるのは難しいかもしれないが、公式Twitterを開設するくらいであればすぐにでも可能なはずだ。競技かるた界全体として、積極的に「外側」に目を向けていくべき時期にきているのではないか、と思っている。

とりあえず、公式Twitter、開設してみませんか?

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