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読みの「呼吸」

 最近、「呼吸」という言葉をよく聞きます。大ヒットしている某マンガに「呼吸」という言葉が出てくるらしいのです。「らしい」と言ったのは、私がそのマンガを読んだことがないからです。どうも流行りのものに追いつくのが苦手な人間です。

 さて、そんな私ですが、「呼吸」という言葉には少しこだわりがあります。競技かるたの読手をするとき、最も大切にしているものが「呼吸」だからです。そこで、今回は読手にとって「呼吸」がいかに大切なものであるかについて私なりに考えてみたいと思います。ちなみに、『鬼○の刃』での「呼吸」がいったいなんなのかについて、私は1mmもわかっていませんので、ご承知おきください。

「呼吸」は声の原材料だ

 そもそも、「声」とはどのようにして生まれるのでしょうか。当たり前のことかもしれませんが、「声」は音の一種です。音とは空気の振動です。私たちは、空気をふるわせることによって声を出しています。人間の喉には「声帯」という器官があります。肺から送り出した空気が声帯を通るとき、声帯を振動させます。このときに発声する音が「声」です。厳密にいうと、声帯で発声した音が口の中や鼻腔で共鳴することによって「声」になるのですが、ここでは詳しい説明は省略します。要するに、「声」は空気によって生み出されているということです。

 ここでいう空気とは、人間が肺から送り出す空気のことです。これを私たちは「息」と呼んでいます。そして、「息」を吸ったり吐いたりすることを「呼吸」といいます。

 ここまで当たり前に思われるようなことを長々と書いてきました。ここで私が言いたいことは、つまりこういうことです。「呼吸」は「声」の原材料だ。ならば、良い「声」を出すためには適切な「呼吸」が必要だ。

適切な呼吸ってなんだろう

 練習会などで読みをされている方からよくいただく質問に、次のようなものがあります。

「読みの途中で息が苦しくなってしまう」「余韻が切れてしまう」「上の句が最後まで読めない」

これは、すべて呼吸がうまくできていないことによって起こる問題です。では、どうしたら楽に長く声を出すことができるのでしょうか。呼吸がうまくいかない原因として考えられる要因をいくつか挙げてみましょう。

①呼吸が浅い

 呼吸は声の原材料だという話をしました。もし原材料がなかったら、声を作ることができません。息が続かない人は、読む前に必要な量の空気を吸えていない可能性があります。声を出す前に、原材料である空気をしっかりと吸ってみましょう。ちなみに「下の句の余韻と上の句の間で息を吸ってはいけない」という言葉を耳にすることがありますが、私はこれは間違いだと思っています。確かに間のあいだは音を立ててはいけないので、読手が吸気音を立てることは厳禁です。しかし、息を吸うこと自体はむしろするべきことだと思います。公認読手といえども、間で息を吸わずに上の句まで読み切ることはなかなか難しいことです。音を立てずに息を吸う練習をしましょう。

②声が大きすぎる

 息はしっかり吸えているのに、声を出すと苦しいという人もいます。その場合、吸った息を無駄遣いしている可能性があります。声が長く続かない人の中には、必要以上に大きな声を出している人がいます。公認読手になると広い会場で読むこともありますが、通常の練習会で読む場合、無理に大きな声を出さなくても選手に読みは届きます。声が長く続かないから意識的に声を張って大きな声で読まなくては、と思ってしまうと、必要以上に息を使いすぎてしまいます。息をたくさん使ったから大きな声になるというものでもありません。身体の力を抜いて、楽に出せる音量で読んでみましょう。

③息漏れしている

 ①②どちらも確認したけれども改善しない場合。空気が声帯の間を通るときに息漏れしている可能性があります。もしあなたが今、声を出せる場所にいるなら、「あーーー」と声を出してみてください。声に空気漏れのような音が混じっていませんか? もし空気漏れのような音が聞こえていたら、それは息の100%を使い切れていない証拠です。声帯の間を通って空気が漏れています。喉に力を入れすぎていたり、空気を多く吐きすぎていたりすると、空気漏れすることがあります。喉の力を抜いて、普段話しているような感覚で読んでみましょう。また、無理に高い音程で読もうとして息漏れすることもあります。競技かるたの読みはアクセントさえ正しければ音程にはこだわりません。一番楽に声を出せる音の高さを見つけましょう。

④呼吸をコントロールできていない

 息を吸えている。ほどよい音量で読んでいる。空気漏れもしていない。とすると、息を吐くペースが悪いのかもしれません。最初から最後まで読み切るのに必要な息の量を100とします。最初の5文字で100のうちの70を使い切ってしまったとしたらどうでしょうか。残りの7+5文字はとても苦しくなるはずです。読みに対して意気込んでしまうと、このように前半に息を突っ込んだような読みになってしまいます。ここで息を吸う量を増やしても解決しません。200のうちの140を最初の5文字に使うことになるだけです。これに当てはまる人は、最初の5文字を100のうちの30で読む練習が必要です。五・七・五・七・七をムラなく、均等に読むように意識してみましょう。

 均等に息を使うというのは簡単なことではないと思います。息を吐き出すときに、人間は横隔膜という肺の下にある筋肉を使います。横隔膜が肺を押し上げたり下げたりすることによって、肺の中の空気量を調節します。均等に読むというのは均等に空気を吐くということですから、均等に読むには均等なペースで横隔膜を動かす必要があります。横隔膜に力を入れすぎれば息を吐くペースが速くなってしまいますし、力を入れなさすぎれば息はしっかり吐くことができません。五七五/七七それぞれを読み切ると同時に息を使い切ることが理想です。イメージとしては、徐々にお腹を引っ込めていく感じでしょうか。どのくらいのペースで息を吐けばちょうどよく使い切ることができるのか。繰り返し読むことで自分の呼吸を理解しましょう。

「呼吸」とリズム

 私が「呼吸」を大切にしている理由はもう一つあります。それは、「呼吸」が読みのリズムを作るからです。余韻3.0秒のあとに「間」と呼ばれる1.0秒の無音があります。私は先ほど、このタイミングで息を吸うべきだと書きました。私は、1試合あたり100回近く繰り返す「間」を、毎回同じ息の吸い方をすることによって一定の長さ(=1.0秒)に保つことができると思っています。どんな吸い方でどのくらいの量の息を吸えば1.0秒になるのか、繰り返し読む中で見つけてみてください。

まとめ

 今回は「息が長続きしない」ことの原因について考えてみました。読みにおいて「呼吸」がいかに大切か、お分かりいただけたでしょうか。自分の読みが、①ほどよい息の量で、②ほどよい音量で、③喉の力を抜いて、④楽な音程で、⑤均等な息のペースで、できているかどうか、チェックしてみてください。今回の記事では具体的な練習方法を書きませんでした。私はただの公認読手の端くれであって、発声の専門家ではないのであまり勝手なことを言えないのです。もし練習方法に悩んでいるという方がいたら、私含め近くの公認読手にこっそり聞いてみてください。

おまけ

「息が合う」という言葉があります。複数の人の動きのタイミングがぴったり合っているときなどに使う言葉です。この「息が合う」という言葉は、読手と選手の関係性にもいえることではないかと私は思っています。先ほど書いたように、読手は「息」、つまり呼吸によって読みのリズムを作っています。とすると、選手が読手の呼吸を感じ取ることができれば、読みのリズムに合わせることができるのではないでしょうか。読手と選手。「息ぴったり」な関係でいたいものです。

 ちなみに、機械音声で取る場合、「息を合わせる」のは容易ではありません。生読みのよさはここにあるのではないかと、私は思います。

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