なあにきな臭い話さ。冗談半分で聞いてくれて構わないよ。
今からとんと昔、かれこれ半世紀以上前。
あっしが村々を渡り歩く交易商をしていた頃のことだ。
聞くところによるとそれは中国の名もない片田舎の名産だそうで、今聞いても舌を巻くほどに高値で売り買いされる皮製品だった。古くは時の朝廷にも献上されていたらしい。
そいつの抱えてる品だけでも売りさばけば小さい村なら十年は暮らしていけそうな額さ。
でもおかしな話じゃないかい、そんな良い品の産地なら名も知れずひっそりやってる道理がない。
そこであっしはぴいんときてね。こいつぁ、行商達がべらぼうに安く買い叩いてピンハネしてるに違いないって。
あっしもあの頃は若かった。ここはあっしが一肌脱いで、もすこしその村に還元してやろうじゃないか。
もとい一枚乗っからせてもらおうと、文字通り皮算用を働かせてね。ああ、話を聞くために一枚買ったよ。その“出所も知れぬ上等な絨毯”を。
 聞いたとおりにあっしは山野を二つ越えて、人の通った形跡もない森の獣道を三日も彷徨ってね。こりゃ謀られたなって、うすうす感じ始めた頃にとうとうたどり着いたんだ。
いやなにおいのする村だった。人が寄り付かないのも頷ける。
毛皮のにおいか、皮をなめすための薬品のにおい。もしかニカワのにおいかもしれない。
なにしろ皮製品の産地だしね。原因なんていくらでも考えられるさ。
そんなことより、この村ちょいと様子がおかしくてね。
すれ違う人間、見渡す限り爺さん婆さんばっかりなんだよ。
しかもみんな、蕩けたような顔してるんだ。
さすがに気味が悪いんで、品物を仕入れたらさっさとオサラバしようと思ってたところ。
「交易商の方ですかい?」なんて、身なりのいいふくよかな御仁が声を掛けてきてね。
その御仁の話じゃあ、自分はこの辺鄙な村の地主だと。
ここは森に囲まれて日照りも悪く、生業は皮製品だけなのだと。
ようよう外から足を運ぶ人間も居ない場所だったが、身寄りのないものが身をひしめきあって先祖代々と細々暮らしていて。そのうちに今の村のような様相になったのだと。
そんな話につかまって気付いたらすっかり日が暮れっちまったようで、今晩はその地主の家に泊めてもらえることになった。
 地主の家はそりゃ立派なもんだった。村の半分ほどはあろうって敷地の広さで、さすが儲けてるだけはあると一目で納得させられたよ。料理は眼前一杯に異国のご馳走でね。おまけに美女が踊りにお酌に贅を尽くすとはこのことさ。
何だ若い娘もちゃんと居るじゃないか、って思わず口を吐いて出た位だ。
村の中じゃどこ探しても居やしなかったからね。
ともかくこの富の一割、いやその半分でも手前の懐に入ったら。なんてよだれが出る想像をして、欲を膨らましたよ。あの行商が付けた売値だったらこんなもんじゃすまない。
地主とはもともと気性が似てたんだろうね。話は尽きなかったし、よほど気に入られたようで翌日も泊まるようにといわれたよ。
あっしも急ぐ理由はなかったし、なんせこの至れり尽くせりだ。喜んでお言葉に甘えることにした。
二日目ともあってだいぶ打ち解けてきてね。あっしは予てより疑問に思ってたことを聞いてみたんだ。
「ところでここの品はなんの皮を使ってるんですかい?」ってね。
そしたら地主はお茶を濁すばかりで、笑いも引きつったものに変わっている。
こりゃまずいことを聞いたなってすぐに悟ったよ、でも好奇心には勝てなかった。
その晩そっと皮の加工小屋に忍び込んで見ちまったんだ。
晩酌のときに居た美女の身体が達磨みたいに突っ張って突っ張って突っ張って突っ張って突っ張って突っ張って。


  ―裂けた。


あとには蕩けた顔の婆さんと、ぶよぶよの皮が転がってるだけ。

耳元で誰かがささやいた。

「これは欲の皮だよ」


なんてね。

どうだいあんた、この絨毯買わなかい?

かの大女優も御用達の品て話だよ?

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