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尊敬する、人がいます。【2008年8月16日】

尊敬する人がいます。
衝撃的なぐらい、僕の人生が変わりましたから。

初めて電話した時、
「今日は忙しいねん」といわれて、

「まーそーよね。」
と思った。


大手。スーパーゼネコン。
Sさんへの電話。

僕が一度大阪の本店に会いに行きたいといった時、
会社は誰も行っていいよとは言わなかった。

普通に考えればそうだ。
あんな大企業、うちのような13人しかいない会社を
相手にしてくれるはずがない。

たまたま、この町で、仕事があって、
たまたま、うちが選ばれただけだから。

でも僕はSさんが、その時のその仕事を、
喜んでくれたことが、
どうも本当だった気がして、どうしても行きたかった。

神戸でゲームセンターをつくる現場が。
専務にお願いして、お手伝いでいいからと、
連れて行ってもらった。


現場の駐車場からの電話。
やっぱり、相手にされてなかったか。
「ではまた、ご連絡いたします」
社交辞令の挨拶をしようとしたら、

「オオノクン、次いつくんの?」と。
 あ、「再来週に」
「日にち決まってるならあけとくで」

ほんとに?

それでも、信用してなかった。


次の神戸では、前日に電話。
「本町、わかる?そこにあんねん。」

本当だった。
とってもワクワクした。
何せスーパーゼネコン。
何せ本店。

行っただけでも自慢になるぞと、
よれたジャケットを手で延ばしながら、
電車に乗った。

梅田で御堂筋線に乗り換えて、本町に。
わかんないから地上に出た。

しばらくうろうろしたら、
うろうろしたそのブロックのほとんどが、
その会社のビルだった。


さて、どうしよう。
ガードマンにちょっとびくびくしながら、
ビルの案内を見ると、「受付7F」と書いてある。
とりあえず、上がったら、いいのかしら?
IDを首から提げた、ちょっと神経質そうな人たちがたくさん。
一緒にエレベーターに乗った。


7F。
蛍光灯がまぶしい、会社のイメージじゃない。
何だかものすごく、薄暗い。
威圧される吹き抜けのホール。
あのビルの中とは思えない重厚感に圧倒された。
「あ、間違えた」
とは思ったけど、受付のお姉さんと目が合ってしまったから、
仕方なく「設計のSさんお願いします」
と言ってみた。
名刺がちっちゃい黒塗りのおぼんの上に載せられて、
「きっと本漆なんだろうな」
「このお姉さんは何ヶ国語でも話せるんだろうな」
と想像していた。


暗い中、座るのもおぼつかない僕のところに、
Sさんが救いにきてくれた。

助かった。

スーツにネクタイだけど、
その色合いが抜群にかっこよかった。

「普通はここ、誰も使わへんねん。」
え、でも、受付って…
「業者はみんな8階行くからな。」

あ、ここ、「お仕事頼む人」の受付なのね!
通りでさっきから、高そうな背広のじいちゃんとか、
そんな人しか見なかったわけだ。

恥ずかしさをまだ感じながら、
Sさんとの会談。
とっても嬉しかった。
「時間、あるんやろ?」
「飲み行くようにしてるから。」

もちろん、多少は、かなり、期待していたけど、
やっぱり、びっくりと恐縮は攻めて来た。

本店のすぐ近く。
御堂筋からちょっと入ったところ。
闇市みたいだ。
ワクワクは増殖されながら、
お店の二階に通されると、
渡り廊下を通って、
向かいの店の二階だった。

「ほんま、会いにきてくれてうれしいわ」
「あの鹿をみてな、絶対大丈夫やおもったねん」

ほんと、ほんと?

こんな人が、本当に喜んでくれている。

僕の子どもじみた感覚で言えば、
スーパーゼネコンなんだから、
つくれないものなんて、ないって、思ってた。

日本中、世界中の一流が集まる設計。
そんな中で、あの「鹿」がほめられてる。

Sさんは飲めば飲むほど、ほめてくれる。

とっても、とっても、嬉しかった。

話をしながら、ずっと気になっていたことを
言ってみた。
「ネクタイ、とってもいいですね。」
「なんや、そうか、ほしいんか?」
「はい」

矢継ぎ早だったから、自分のあつかましさも
びっくりしたけど、
すぐにSさんはネクタイを外した。

ラッキー

自分へのとってもすごいお土産が出来て、
嬉しかった。


お店でると、外は暗かった。
二軒目もついて行こうと、Sさんの少し後ろを歩いた。
さっき入ったスーパーゼネコン本店の前。
時間は11時過ぎ。

御堂筋は暗くなっているけれども、
スーパーゼネコン本店の角にはタクシーの列が折れ曲がってとまっている。
駅前か、繁華街の前か、という感じだ。

「オオノクンあれな、みんなうちの連中待ってんねん」
「え?」

見ると真っ暗なビルの4階だけ、煌々と明かりがついている。
「4階が設計やねん」
「え?」
「あいつら、帰れ!ゆうてもやるねん」
「え?」

僕は「スーパーゼネコンに負けるか」
と思って「鹿」をつくった。
ブランド力もない、「田舎者の工房」という
ハンディがあるからには、
一流以上のものをつくるしかないという緊張感だった。

でも、彼らには「世界」に名だたる、ブランド力、
技術力がある。
仕事をこなせば、ついてくる。そんな循環の
中にいるとばかり思ってた。

「いい仕事せな、あかんねん」

はっと、させられた。
彼らは決して、名前に胡坐をかく訳でなく、
その名前の重みを、責任と緊張感にしていた。

僕らはどうしても、
「予算がないから」「時間がないから」
ということから、製作を簡易な方向に持っていってしまうことがある。
でも、常に最高レベルのクオリティーを求められる
企業というものは、そういうわけにはいかない。


その中で、そんな人たちに、認められた「鹿」
名前やお金ではなく「もの」として。
「きっと自信持っていいんだろうけど…」
とは思いながら、認められたことが、
振り返ってまた、不安になった。
満足も安心も、していられないと思った。

「うちの連中もがんばってるやろ」


振り向いたSさんの顔は笑顔で、
少年のように得意げだった。

大手とは、何なのか。
プライドとは何なのか。

その笑顔に深く考えさせられた。

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実はこの話を書きたくてこのブログを始めたのでした。その理由についてはまた別のところで書いているのでここでは詳しく書きません。しかし、エピソードとしては2002年くらいの話なのですが、本町の交差点(大阪本町のスーパーゼネコンって書いたらもはや伏せていることにならないです)に折れ曲がってタクシーが乗車待ちをしているというのは時代だなあと思います。(今は残業許してもらえなくて7時には出ないと怒られるようになったと聞いています)このSさん(マネージャー)の後ろの窓にサンプルでつくったロートアイアンの鹿がずっと飾ってあって、交差点からその鹿を眺めるのが嬉しかったです。

そういえば2002年ってまだゲームセンターの金物というようなお仕事もやっていたんだなあとそこでもちょっと驚きます。孫請け、曽孫請け時代のお話です。




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