岩沢厚治の歌が上手すぎて恋

 この記事には2024/1/23に行われた寺沢勘太郎一家巡業の旅リターンズ大阪公演のセットリストの内容を含みます。本公演は全て終了していますがお読みいただく際はご注意下さい。また、この記事はライブレポートではありません。


まえがき

 私は物心がついた頃からのゆずのオタクである。ライブ自体は新世界ツアーからほぼ毎年参加しており生でゆずを見て歌を聴いたことは何度もある。
毎回行くたびに、またCDを聴いたりテレビに出ているのを観るたびに本当にゆずは歌が上手いなと思っていた。しかし今回の経験は今まで生きてきた中でもなかなか感じたことのないような気持ちになったため、記録として残そうと思う。

聴いた曲について

方程式2(+呼人さん)

 岩沢さんパートの一曲目は方程式2だった。方程式2といえば歌いだしが北川さんで、イントロを聴いた瞬間からずっと北川さんの「きみとの長い電話のあとで」が頭に浮かんでいたが、当たり前だがその場に北川さんは居ないため岩沢さんの「きみとの長い電話のあとで」が聴こえた。勿論北川さんの声も歌も大好きだが、岩沢さんのあのスンと抜けるようで少しだけかわいげと甘さのある爽やかな激うま歌声が聴こえた瞬間膝から崩れ落ちそうになったし笑う歌じゃないのに謎の笑いが込み上げてきた。うまい、うますぎる(十万石饅頭)
 岩沢さん一人の方程式2は(正確に言えば寺岡呼人さんがサビでハモに入っていた)二人で歌っているときより少しあっけらかんとして未練が少ないように聴こえた。最初の歌からこの後が若干不安になるような衝撃を受けてしまった。

灰皿の上から(+呼人さん、バンド)

 3曲目で歌っていた灰皿の上からも大好きな曲だ。私のゆずの入り口はカーステレオに入っていたゆずのねである。あのアルバムが延々リピート再生された車で長い長い中央道で母の実家の長野県に向かっていたこともあり、昔のことを思い出しなんだか懐かしい気分になるのだが、灰皿の上からは完全に結びつく記憶が上書きされてしまった。
 そもそも聴いていて歌詞から情景が浮かぶ曲であるが、生で聴くと前述した笑っちゃうくらい突き抜けるような歌声に薄暗い部屋とたばこの煙とやるせない感情のまま過ぎていく時間が乗りじわじわとまるで身を蝕んでいくかのように染み込んでいった。曲が後半に行くにつれてだんだん効いてきて最後の「僕はといえば散らかったこの部屋の隅で膝抱えて~」になるころには息切れするようだった。良い音楽をきくとヒーリング効果があるというが行き過ぎると毒である。薬と毒の関係に似ていると思った。

春風(岩沢厚治ソロ)

 おそらく今回の寺沢勘太郎一家に参加した岩沢厚治さんのオタク全員のハイライトは春風(岩沢厚治ソロ)だと思う。イントロが始まった瞬間、歌いだしの瞬間、声を出してはいけないという謎の一体感を帯びた自制心のもと声にならない空気に溶けるような悲鳴が会場にこだましていたことを思い出す。
 春風はそもそもが聴けば分かる名曲、少し調べればわかる名エピソードのある曲のため余計なことをいうのは割愛する。ただ、自分が春風(岩沢厚治ソロ)をZeppというライブハウスとしては大きめだが、普段ゆずがライブをする会場からしたら大分小さい箱で生で聴いたことは一生の宝物になった。本当は丁寧な食レポみたいな文章が書きたいがあまりにも衝撃が強すぎて「やばかった」以外の感想が書けないし、正直記憶が曖昧である。原曲よりキーが高かったな、とは書き記しておく。

ヒーロー見参(寺沢勘太郎一家+バンド)

 人生で生で聴けると思っていなかった曲である。この曲は勘太郎さん、呼人さん、バンドのみなさんとの合奏だったが、曲の世界観は今日のこの日のためではと錯覚するほどに洒落っ気がありクール&セクシーだった。私は岩沢さんの声を「あのスンと抜けるようで少しだけかわいげと甘さのある爽やかな」と前述したがこの曲ではクール&セクシーだった。聴けて本当に良かった。

ライブの後(本題)

退場後~翌日の午前中

 退場後、熱気と余韻に浸って寄り道をしておでんでも食べながら酒を頂きたい気持ちでいっぱいだったが、翌日の午前中に仕事で大事な来客があることが分かっていたのでまっすぐ家に帰り用意していたうどんを食べさっさと寝た。次の日もすっきり起きお弁当を詰め出社し、来客対応をした。いま思うと何故あの時冷静だったのか分からない。

翌日午後~週末

 来客対応も終わり通常業務に戻った瞬間前日の岩沢さんの声が蘇ってきた。なんかすっごく歌上手かったな……、そう思っていたら急に動悸がして呼吸が浅くなってきた。あくまでも業務に集中しないとと思いながら出るため息。もしかして具合が悪いのではないかと思い体温を測ったが正常であり、少し休もうが休むまいが状態が変わらない。
 その日は帰宅後なにもせずにすぐ寝ようとしたが、やっぱり岩沢さんのことが頭から離れなくて上手く寝れなかった。
 次の日起きてもやっぱり状況が変わらずなんかずっとドキドキしていた。普段仕事や生活でヤバいミスに気づいたり運動したとき以外動悸がすることなんてない。そもそも一人の人間のことがずっと頭から離れず考え続けることもほぼない。もしかして……恋ってコト!?と気づいた。なんやかんや書いたが今まで何回も生歌を聴いたことがあったのに、きっかけなんていくらでもあったはずなのに、北川さんが横にいないことによるバフなのか、一家の末っ子としての意地だったのか、会場が狭かったからか全然分からないが急に歌が上手すぎてべた惚れの状態になってしまった。前から大好きだったのに、更に好きになっちゃったし身体に異常がみられるレベルはさすがに恋かもと思った。これが恋じゃないならなんと呼ぶのか僕は知らなかった(カスの米津玄師)

ライブ一週間後(書いている今)

 正直未だにふとした瞬間に思い出してはドキドキしているが少し落ち着いた。というのも火曜日にライブに行き水木金とドキドキしながら仕事をしていたせいか異常に疲れてしまい土日はガス欠でクタクタのOL戻ってしまったのだ。衝動的に恋をすると疲れるらしい。以前全然恋が出来ないと友人に相談した際恋は衝動で落ちるものだよ!!!と言われたが私は精々三日以内に決着をつけないとクタクタのOLに戻ってしまう。良い勉強になった。
 今までも日常的にゆずの曲を多く聴いていたがこの一週間はもはやゆずの曲しか聴いてない。しみじみ思うのはやっぱいい曲が多いなってことだ。どうしてもいくつもの夜を超えて辿り着いた今があったり、超えて超えて超えたりする曲が有名だがそういう曲だけではないこと、なにも超えてない人間でも日常過ごしてればいっか!となる曲が多いよなと改めて思った。

最後に

 岩沢さんのソロ、めちゃくちゃ良かった!と思うと同時に公演が終わった瞬間から思ったことがある。北川悠仁さん、あの時岩沢さんに二人で歌おうって告白してくれて本当にありがとうございます、ということだ。私は完成形のゆずしか知らないため、あの二人組が当たり前に存在しているものだと思ってしまっていた。今回岩沢さんのソロの芯の強さカッコよさを目の当たりにし、北川さんが一緒にやりたい!!!ってなる気持ちも断られたらどうしよう…とドキドキしながら告白した気持ちもすごく分かった。あまり生身の人間に使いたくないが、一人で歌う岩沢さんのステージは神がかっていた。一緒にやろうって誘うのにどれだけ勇気がいたことだろうとしみじみ感じた。
 そして、二人でゆずなんだな、とも感じた。確かにかっこよくてすごいライブではあったが、いないはずの北川さんの声がまるで聞こえるかのような錯覚を起こす場面がいくつもあった。ライブ自体には一言では片づけられないほどの満足感があったが、心のどこかで物足りなさを感じる所もあった。
  27年間ゆずでいてくれて本当にありがとうという気持ちと、この先も末永くゆずでありますようにという気持ちを込めてこの記事を締めたいと思う。

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