【卓球:全日本選手権】2021年1月19日

 石川佳純が5年ぶりに全日本で優勝した(写真参照)。ただ、この勝利は決して石川の復活ではない。

 2015年、長年日本のトップを走り続けた平野早矢香が代表から外れ、ここから日本国内の勢力図が大きく変わり始める。ジュニア時代から世界で活躍していた伊藤美誠がその座に座り、2016年の五輪で銅メダルを獲得。
 2016年、全日本3連覇中だった石川佳純に愛ちゃん2世と呼ばれた卓球少女平野美宇が勝利。平野美宇はその後世界ナンバー1の中国選手丁寧に勝利する。世界の卓球チームはいかに中国からの帰化選手を集めるかが勝利のポイントとなっており、ベスト8に残るような国のチームで10年もの間、中国人がいないのは日本だけという状況。すでに人種的には中国人と日本人の対決という構図だ(図参照。世界女子個人ランキング。日本人以外はすべて中国人)。

 伊藤美誠、平野美宇が世界に与えたインパクトは大きく、中国側は研究の結果、圧倒的なパワーとスピードが技で勝る中国選手を凌駕しているとの結論にいたる。平野早矢香、福原愛、石川佳純の3人もパワーとスピードに優れていたが、どうしても技が多彩なカットマンに弱いとい弱点を持っていた。しかし、伊藤美誠、平野美宇の2人はカットマン特有のフットワークを打ち消し、カット(回転)させる時間を与えず、スタミナを消耗する前に勝負を決める特徴をもおり(相手のスタミナを削るのもカットマンの特徴)、今までの日本人選手では考えられないほど強引にねじ伏せる力を持っていたのだ。

 伊藤美誠と平野美宇のプレースタイルはここ数年、世界中のプレーヤーに研究され、主流に。日本でも美誠、美宇と同期で体格に恵まれた早田ひなが躍進し、2019年全日本で優勝。木原美悠、長崎美柚という10代ダブルスコンビも大きく成長した。

 伊藤美誠、平野美宇のプレーは若さがモノをいうスタイルであり、前世代の石川佳純はマネしたくてもできないものだった。今回の全日本も前評判通りに伊藤美誠、早田ひな、木原美悠が順当に勝ち上がった。この3人とともにベスト4には入った石川佳純だったが、優勝は難しいというのが大方の予想だったのだ。

 準決勝は木原美悠に相性の良い石川佳純が勝ったものの、圧倒的ではなく木原の健闘が目立った試合となった。ここで体力を使いたくなかった石川佳純にとって、木原の粘りは優勝を危うくするものだったのだ。もう一方の準決勝は伊藤美誠、早田ひなの親友対決。フルセットで辛くも伊藤美誠が勝利し、決勝は本大会2017、2018優勝の伊藤美誠、2010、2013〜2015優勝の石川佳純という新旧女王対決となった。

 決勝戦は伊藤美誠の圧倒的優位で進んだ。強烈なフォアハンド、チキータ、逆チキータの組み合わせによる早い攻め。卓球台に接触するくらい近い位置からの強烈な打球に対応できず、石川がなんとかリードしても簡単に逆転されてしまう状況。伊藤美誠からはいつでも点が取れるという余裕すら感じられた。

 福原愛が後年得意としたチキータであるが、中国選手に効果的で、伊藤美誠が2018年当時世界ランキング1位だった朱雨玲を破った際に使われた技(写真参照)。ちなみに逆チキータは加藤美優が始めたラケット裏面を使って左横回転をかけるレシーブのこと。伊藤美誠はチキータに見せかけて逆チキータ、もしくはこの逆をすることで相手にカットマンを相手にするのと同じような対応を迫り翻弄。しかも打球はカットマンと違い、スピードと重さを持って向かってくるのだ。何とか返しても、その後には強烈なフォアハンドがくる。こんな化け物を相手にまとな勝負ができるわけもなく、スコアは3-1となり石川佳純は敗色濃厚。次のゲームで試合が終わると誰もが思っていた。

 百戦錬磨の石川佳純は、このままでは勝てないと十分に分かっていた。そこでやったのは守備。もともとプレースタイルが攻撃型の石川佳純が全力で守備を行っていたのだ。伊藤美誠がカウンターを浴びせてポイントを取ったと思った瞬間、バランスを崩さずに守備をしていた石川佳純。たぶん伊藤美誠もなぜ返されたのか分かっていないだろう。コメントでも自分のウイニングショットがことごとく返されたと言っている。

 伊藤美誠は第4ゲームで石川がプレースタイルを変えてくると読んでいたが、同じペースで勝てると踏んでいたのだろう。しかし、高いレベルのプレイヤーがそのすべての力を使った守備は効果的だ。その結果、伊藤美誠は第5、6ゲームを落とし、最終第7ゲームも9-5とあと1点でマッチポイントを迎える場面まで追い込まれる。しかし、ここで石川佳純は我慢ができなくなった。

 今まで地道にペースを変え、守備中心にやってなんとか取ってきたゲームを忘れ、突如攻撃型スタイルにもどしたのだ。たぶん4点差あり、あと1点取ればマッチポイントだと焦ったのではないだろうか。途端に伊藤美誠の反撃にあい、9-9とスコアを戻されてしまう。

 ここから勝てたのは本当に奇跡だったと思う。9-5から勝利するまでの石川佳純はただ焦っていただけ。伊藤美誠はあまりにコロコロと変わるプレースタイル、しかも決して上手くいっているとは思えない相手に翻弄された形だ。ただ、結果として石川佳純は勝った。ただ、もう二度と石川佳純は伊藤美誠に勝てないだろう。

 スピード、パワー、技術のどれを取っても伊藤美誠、平野美宇、早田ひなの3人に勝てない。さらに、まだ16、18歳の木原美悠、長崎美柚はこれからもっと強くなるだろう。この決勝戦はエース石川の復活ではなく、完全な新旧交代を知らしめただけのように思えてならない。

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