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僕たちが選べなかったことを、選びなおすために。

これは先日、のんちゃんから借りた幡野広志さんの本のタイトル。

この本を読んで、生きることとかこれからどう生きていきたいかをめちゃくちゃ考えさせられた。

僕がここにいるのも産んでくれた母親と父親のおかげ。

でも、どの人から生まれるなんてことは自分では選ぶことはできない。

僕の両親は、親元を離れた今だからこそ思うけど最高の父親と母親だと思う。

自分がやりたいことを応援してくれたし、今の職場も場所も10日前に告げて文句も言わずに送り出してくれたくらい僕の意思を尊重してくれる。

でも、中にはそんな親だけじゃない。自分の子供をまるで自分の生まれ変わりのように親の理想を子どもに押し付ける親は沢山いる。

それによって苦しんでいる人は沢山いるんじゃないか。

この本のタイトルでもあるように選べないこともあるけど、これから自分で選べることはたくさんある。

自分の生き方や働き方、住む場所。友達、パートナーなど。

これからの人生をどう自分で選んでいくか

どうしたら死ぬときに後悔しないんだろう。とかどう生きていきたいかっていうのを考えた時に幡野さんの言葉であったように自分で選んで生きていくことがその答えなんだと思った。

親の期待とか世間の目とか自分の人生を生きているようで他人の目とか誰かの期待を背負って生きている人がまだまだ沢山いると思う。

僕も他人の目を気にしちゃうことはもちろんあるし、他人の目を気にしないで生きていくって言葉では簡単に言えても中々それを実際にやるってめちゃくちゃ難しいと思う。

他人の目を気にしているかもしれないけど、それが自分が選んだことならそれはそれでいいと思う。

でも、自分はそんな生き方は死ぬときに後悔するなって思うから誰にどう思われても自分がやりたいと思うことをやりたい。

そして、そうやって生きてたら自然とそれを応援してくれたり、後押ししてくれる人が周りに集まってくる。

逆に、やらない理由ばかり並べて現状に不満を言っている人には出来ない理由を挙げる人しか集まらない。

だから、僕は自分に良い影響を与えてくれる人と一緒にいたいし、もしそれを邪魔したり否定したりする人がいたら例えそれが家族でも距離を置きたい。

自分は自分の人生を生きる。他人のために生きることは僕は逃げだと思う。

きっと自分の人生を生きてたら巡り巡ってそれが誰かのためになると信じている。

誰も自分の人生を代わりに生きてくれる人はいないし、最終的に自分で責任を取らないといけない。

それは自分1人で生きていくっていうことじゃなくて、僕を愛してくれて、助けてくれる人を大切にしながら生きていくこと。

自分の人生を生きた先に、初めて誰かのために自分の人生を使いたいって思える人が現れるんだと思う。


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