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本当にラーメン以外のことを学べるラーメン屋の話

2015年9月、わたしは新しく始めるバイトを探していた。大学1年生のことである。
4月から東京に引っ越してきていて、すでに飲食のバイトをしていたが中々シフトに入ることができなかったので、他のバイトを探していたのである。
場所は中村橋、各駅停車の駅の中では日本で一番乗降者数が多いというベッドタウン駅だ。
大学は江古田にあり、中村橋からわたしは自転車で通学していて駅を使うことは友達と遊びに行く時くらいだったが、中村橋駅からすぐにあるそのラーメン屋は休日いつも行列ができていた。
「あ〜こんな忙しいところで働いてみたいなあ」と、当時の他のバイトが暇すぎて忙しさに羨ましさを感じながら素通りしていた。
ある日、そのラーメン屋に立て看板が出ていた。
「アルバイト募集中!賄い付き。
詳細は店員に聞いてください 。
※ラーメン以外のことも学べます」

こんな胡散臭いアルバイト募集があって良いものなのだろうか。だがわたしはその立て看板に強く惹かれてしまった。
しかし即座に応募する勇気はなく、その日は素通りして終わった。何日かしたらすぐに募集は終わってしまうだろう、そう思っていたら1週間後にもそのアルバイト募集の立て看板は出されていた。
「明日、この立て看板があったら応募してみよう」と決意した次の日にも、そのアルバイト募集の立て看板は堂々と店の前に立っていた。
勇気を出して、店のドアを開けて店員さんに
「アルバイト募集の張り紙見たんですけど…」と声をかけた。
そこからトントン拍子に話は決まり、「じゃあすぐ入ってもらいたいからいつからこれる?」とアルバイトが決まった。
当時のラーメン屋の社員さんは3人いて、行列ができる日曜にだけ現れる店主、だいたいの店の切り盛りをする店長、ヒラの店員の3人だ。
この店長がとても良い人で、東京から出てきたばかりのわたしに優しくしてくれた。アルバイトもわたしの他にパートのおばさん、一つ年上のデザイン系大学生、一つ年下の高校三年生の男の子だった。パートのおばさんとはシフトの時間がまったく被らなかったので、完璧男社会の中でわたしはやっていけるのか?と疑問だったが店長のおかげですぐに馴染むことができた。
店長は優しく、話がうまく、人生経験が豊富な人だった。わたしのしょうもない話も笑って聞いて冗談で応えてくれるような、そんな人だ。

時は過ぎ、3ヶ月ほど経ったあたりでバイトを辞めたくなった。
やめようと思った一番の原因はそのヒラの店員さんと一緒にいると、性格が合わなくてイライラしてしまうことだった。勤務はだいたいバイト1人社員1人の2人体制だったので4〜5時間その人と一緒に週3日働くことが嫌になったのである。ちょうどその時に中村橋から江古田に引っ越すことが決まって、タイミングも良いと考えていた。

「やめたいんです、ここの店を」と店長に伝える時は本当に勇気が必要だったし、つらいと感じた。店長は第一声で、「やめようって言うのつらかったでしょ。よく言ってくれたね」と逆に褒めてくれる優しさを見せてくれた。そして、わたしがその店員さんを苦手と感じていることも察してくれて、辞めることを許諾してくれた。
しかし、店長がここに来てわたしに要求を突きつけてきたのである。
「本当に人が足りないから、俺と一緒の時だけでいいから週一でいいから入ってくれない?」との一声だった。理由として、そのヒラの社員さんと働くことが嫌になったと言っていたので、まぁ好きな店長とのシフトならいいか、と思い断ることができずその後も週一でアルバイトをしていた。
その後は特に何もなく、自分の大学の予定が立て込み、週一から月一のシフトになったりしても、ずっと籍を置かせてくれていた。優しい店主と店長とスタッフの皆さんのおかげである。

去年の5月、わたしは就活があり、まったくシフトに入っていなかった。本当に気を病んでいて、いつもは書かないような病んだツイートを、ラーメン屋の店長と繋がっているのにツイッターでツイートしてしまった。
その後すぐにラインがきた。
「今から江古田行こうか?話聞くよ」
わたしは家で泣きながら店長にラインを返し、江古田駅前で待ち合わせをした。
就活がうまくいかない話、就活と並行して当時付き合っていた彼氏ともケンカした話、友達と自分を比べてしまう話、とにかく自分のダメな話を一方的にしてしまって、迷惑をかけてしまったと思うが、優しく話を聞いて、頷いてくれた。
本当に、アルバイト先の人でここまでしてくれる人やここまでしてくれるバイト先はこれから先も一生ないだろうと思った。救われたのだ、その人たちに。その時に、本当にありがとうございますと伝えたら
「これで本当にラーメン以外のことも学べたでしょ?」
と言われて笑ってしまった。何年前の伏線回収なんだ、助かった。

そんな店長が3月で店を辞めて転職するという。ついこないだ、わたしの最後の出勤で店長と一緒にしてもらった。いろんな話を聞いて、やっぱりこの人の下で3年間働いてこれてよかったと思った。わたしは死ぬほどこの人とこのお店が好きなんだと感じた。
最後の出勤で店を出るときに
「今までありがとうございました、あなたのおかげで、大学生活があったと言っても過言ではありません!お世話になりました」
と、自信を持って言えてよかった。

いつまでも、あなたとあのお店に幸あれ、東京に来て、ご縁があって出会うことができてわたしは幸せです。
あなたのもとで働けたことは一生忘れないと思います。

これで美味しい詩集を買いますね