消しゴム付き鉛筆

「客は神様だぞ!」
コンビニの狭い店内で怒号が鳴り響く。
「神様?」
エラそうな面構えをしている小太りの客に向かって僕も吐く。
この客は、このコンビニの店員である僕の態度が気に食わないらしい。
コンビニ夜勤がもうすぐ終わりに差し掛かる明け方、時々やってくるエラそうなおじさんだ。
彼は数分前週刊誌を買いにやって来た。
昨晩のうちに最後の1冊が売れた旨を伝えると注文して今日中に届けろと文句を言い始めたのだ。
「そうだ、俺は神様だ!」
語尾を強め、どうだこれで俺の言うことを聞くだろ、と鼻息を荒げながら目で威嚇している。
「そうですか、神様ですか…」僕はそう呟き、レジを離れ、休止中の立て札を掛けていたもう一方のレジを開けて別の客を呼ぶ。
「あの人、いいんですか?」とお客さん。
僕にはもう、あのおじさんは見えていない。
「大丈夫です。今日みたいに一人で夜勤を回しているとイキがる客もいるんです。」
なんとかシフトを終えた後、朝からやっている駅前のスーパーに寄り帰路につこうとしていると、「お兄さんちょっとお時間よろしいでしょうか?」とスーツの男性に声を掛けられる。
何かの街頭アンケートかと思い、歩みを止めると、「キリスト教には興味がありますか?」と男性。
どうやら入信の誘いのようだが、僕は神様を信じていない無神論者だ。
それだけではない。僕には、神様を視界から消すことが出来る特殊能力がある。
そんな特殊能力、いつ使うのかとよく聞かれるが、これが意外に使える代物で、さっきのように客が度を超えて自らを神様と名乗るものなら、完全に僕の視界から消えてくれるのだ。
これは決して精神的に神様を消しているのでもなく、物理的に見ないようにしているのでもない。ただただ、目の前から消え去るのだ。
『神様』という固有名詞の存在が、まるで赤ペンで書かれた文字に赤シートを覆った時のようにキレイに見えなくなるのだ。
実際、僕がバイトしているコンビニには、自分のことを神様だと騒ぎ立てるエラそうな顔した政治家のような人が何度か来店したことがあり、その度に、彼らのことが見えなくなっている。
僕には見えていないが彼らはそこにいる為、僕に無視をされて彼らはキレているようで、実際店長にもその都度クレームが入っているのだが、なぜか店長は僕のことを買っていてクビにせずいつも笑って次は気をつけてねと優しく声をかけるだけだ。
神様を信じていないことをスーツの男性に告げると、では神様を見せてあげましょう。と、いつかのテレビ番組でやっていたような、「神様が見えない男性VS神様を見せる男性」の戦いの火蓋が切って落とされる。
この対戦も「矛盾」と呼ぶことが可能だろうか。そんなどこかの国でやると嵐を呼びそうなことを考えながら、男性についていくことに決めた。と言うのも、客の“神様”以外にも僕の特殊能力が発揮されるかどうか興味があったからだ。
目的地であろう場所に着くが、待てど暮らせどその“神様”は現れない。
「8時には来ている予定だったのですが。」と男性。
そして遅れること4時間、オフィス街から空腹を埋めるべく、腹のぽっこりと出たサラリーマンたちが外に溢れ出した頃、“神様”はやって来た。
その身なりは野球の神様と呼ばれたベーブ・ルースそっくりだった。
「どうも、ベーブ・ルースのモノマネタレントの、ダイブ・ルーズです。」
神様かどうか関係なく、僕は彼を視界から消すようにして足早に帰宅した。