イタイイタイの飛んでいかなくていい

先週、職場で隣の席に座っている事務のおばさんがスポーツのチケットをくれた。どうやらサッカーと呼ばれるスポーツらしい。普段テレビでもサッカーは見たことないのだが、日本以外の国同士が対戦するというのでその物珍しさに興味を持った。おばさんはとても楽しみにしていたそうだが、舞台俳優をやっているという息子さんの舞台があるので観に行けないとのことで、それならかわりに観てきますと言いチケットを貰った。職場を定時で切り上げ会社を出ようとした背中に、感想を聞かせてね。とおばさんは声を投げかけた。しっかり観ないといけなくなったことが多少億劫にはなったが、せっかくタダで譲ってもらったのだ。ちゃんと観ようと心に決めた。ということで、サッカーの試合を観にきている。
対戦しているのは、アフリカの小国ウニジェリアと、最近独立した東ヨーロッパのカメマニア共和国。
両国とも近年サッカーに力を入れているらしいが自国ではまだまだ環境が整っていないため日本が招待したらしい。
サッカーに力を入れている国同士の対戦とあってか前半から日本代表の試合ではあまりみないような激しい攻撃が繰り広げられている。とは、隣に座っていた50代の男性談。
僕はサッカーを見ないので日本代表がどんな試合をするのか知らない。というより、そもそもサッカー自体全く知らないので、それが攻撃的か防御的?かなどは全くわからない。
ピーっと笛の音がする。前半終了の合図らしい。するとさっきまで試合を行っていたフィールド上にゾロゾロと両国のスタッフらしき人たちが出てきた。選手とスタッフを合わせて100人強いるだろうか。一体何が始まるのかとボーッと彼らを目で追っていると、君は行かないのかい?と先ほどのおじさんが声を掛けてきた。周りを見渡すと、試合を観に来ていた30数名の観客もフィールド上に降りている。おじさん曰く、サッカーの親善試合では前半終了後にハーフタイムディナーといって立食パーティーが行われるらしい。おじさんについてフィールドに降り立った頃には既に両国の郷土料理が並べられていた。スタッフと全観客合わせた約150人でディナータイムが始まる。まずはカメマニアのブースに歩を進める。カメマニア共和国はカメ肉を使った料理だ。カメ肉は食べたことがない。むしろカメといえば犬やネコと同じようにペットとして扱われることが大半だ。小学生の頃、近所の男の子が飼っていたことを思い出す。あまりキレイに洗われていない水槽の中でドブ川をそのまま入れたような汚い水から顔を出し餌を欲しがっていたその姿が脳裏に過ぎる。食べようかためらっていると、現地から来たらしい、少しふっくらとしたメガネの女性がカタコトの日本語で、食用のカメだから心配しなくても安全に食べられるわよ。と教えてくれた。何故だか昨日食べたステラおばさんのクッキーの味がフワっと口の中に広がる。せっかくの親切心を無駄にするまいと口へ入れる。甲羅を剥がした状態で丸々一匹スープの中に浸かっていたそれはまさしく少年時代を回顧させるものであったが、予想を大きく裏切ってとても美味しかった。食通ではないので上手く喩えることができないが、まるで、小二の夏に親戚のおじさんがスターウォーズを観ながら『今年の甲子園は大阪代表が強いなあ』と口ずさんだ時にラジオから流れてきた中年ラジオパーソナリティの爆笑が口の中に広がるようだった。喩えは苦手だ。
あまりサッカー自体は楽しめていなかったがこんなにも美味しい料理にありつけただけでもここに来て良かったと心から思い、事務のおばさんに感謝をした。こうなってくると、ウニジェリアの郷土料理はいったいどんな料理が出てくるのだろうと胸が躍り始める。
なんせ、ウニジェリアはアフリカの国だ。きっと見当もつかない奇想天外な料理が出てくるのだろうと期待し、ウニジェリアのブースに向かう。しかし予想に反し、地元ではウニがよくとれるらしくウニ料理だった。先日、単勝オッズ1倍台の馬に小遣い全額を賭けるも、まさかの大敗を喫した馬を見つめる上司の歪んだ顔が目に浮かび、自分も同じ顔をしているのではないかと、慌てて平静を装う。ウニは食べたことがあるので期待値は超えなかった。
ハーフタイムディナーが終了し、撤収作業が始まる。ディナー前は皆、楽しそうにテキパキと準備をしていたが、後片付けはチンタラしていて、なかなか終わらない。どこの国でも食事の後片付けは嫌いらしい。実家の母さんは元気にしているだろうか。今度実家に帰ったら食器洗いくらいはしよう。
小一時間の撤収作業の後、だらだらした雰囲気を継続したまま後半が始まる。後半からはボールが二個に増え、より一層攻撃の激しさが増した。とは隣のおじさん。
彼の口元にはハーフタイムディナーで食したであろうメスガメの生殖器がついていたが、あえて指摘することではないと判断した。
結局、試合は76対24で引き分けになった。両チームの合計得点が100になると点差関係なく引き分けらしい。奇妙なスポーツだ。
初めてサッカーの試合を生で観て思ったことは、担架で運ばれる選手がとても多いことだ。
特にそれはハーフタイム後の後半に集中していた。
メスガメ生殖器おじさんが言うには担架で運ばれる選手は怪我をしたふりをしているだけらしい。本当はみなディナー後すぐに動いた事による腹痛だそうだ。そんな理由で試合を離れることはどうかと思ったが、芝生の上で脱糞されるよりはマシだろう。
帰宅後、手を洗おうと洗面所の電気をつける。僕の口元にはオスガメが丸々一匹付いていた。
もう一度あの味が食べれると嬉々として口に運んだがだいぶ冷めていたのでとてもまずかった。テレビをつけると普段見ないスポーツニュースがやっており、白髪混じりの元スポーツ選手であろう恰幅の良い男性が試合の解説をしている。最近上司との社内不倫がバレたばかりなのにテレビに出続けているメンタルつよつよ女性アナウンサーが、続いてはサッカーの話題です。と笑顔で言う。もしや今日僕が観に行った試合かもしれない。ひょっとすると僕も映っているのでは?とテレビを凝視する。サッカーの試合の映像が流れる。今日僕が観たのはどうやらサッカーではなかったらしい。
明日、事務のおばさんに今日の報告をするのがとても面倒になった。