孤独は夜更だけじゃない

アパートの玄関からチャイムが鳴る。
目が覚めたときの気怠さは、まだ寝てからあまり時間が経ってないからだろう。時計に目を向けると案の定まだ朝の9時を少し回ったところ。夜勤明け、床に就いてからまだ2時間程。
2度目のチャイムが鳴る。
僕の家を知っている知人は僕の仕事も知っているので、こんな時間にやってくることはない。
「ヴェスラム・ンヌポンさんですか?」
中学1年の歴史の授業でプロムナードに載っていた弥生人の顔がクラス中に知れ渡って以来、ヤヨイという渾名がついた僕が、そんないかにもホリの深さを感じさせる名前の訳がない。
違う。と答えた後、二軒隣の部屋に住む技能実習生の顔が頭に浮かぶ。おそらく二軒隣だと親切に教え、もう一度布団に潜る。
またチャイムが鳴る。時計を確認すると先ほどから2時間程しか経過していない。
次はなんだと玄関を開けるとさっきとは別の男性が立っている。宅配会社の男性であることは間違いない。
「モスコバ・ルベルト・アミゴレスさんですか?」
高校時代、鼻低細目と呼ばれていた僕が、そんな褐色肌ピンクポロシャツ金ネックレス太葉巻坊主感丸出しの名前な訳がない。
違うと答えた後、一軒隣の留学生の顔が浮かび、親切に教える。
1時間後「アレクサンドロ・スットコドッコイヴィッチさんですか?」
さらに2時間後「エレツリィン・シャケトバさんですか?」
もう2時間後「シンシンさんですか?」
全ての質問にNoと答え、布団に入り考える。
このアパートの住人たちは多国籍すぎやしないかと。僕も含めおそらく誰一人として同じ国籍の人がいないのではないだろうか。
このアパートに住んでもうすぐ1年が経つが、今まで気づかなかった。
彼ら、彼女らは一体どのような人生を歩んできたのだろうか。今度、話してみよう。そんなことを考えていると、またチャイムが鳴る。
「ケンタロウ・イシデさんですか?」
ようやく僕あての荷物が届く。
サインをして部屋に戻り、包みを開けると拳銃が梱包されてあり、我に返る。
拳銃と同封された紙に次のターゲットが書かれている。
「ヴェスラム・ンヌポン」
アメリカに住む日本人スパイは友人を作ることさえ、難しい。