演じるってなんだろう

私は人と話すのが苦手だ。
特に知らない人、あまり親しくない人と話すのは本当に精神のすり減りがすごい。
でも役者をやるうえで、こんなに人とコミュニケーションが取れないのはマイナスすぎるだろうと思い、バイトはコールセンターを選んだ。
電話も苦手だし、少しでも人と話す機会を増やしてまずは人と接することに慣れよう、と。

基本トーク台本通りに会話を進めればいいのだけれど、台本なんてものがないお客様と話すのが最初は本当に苦しかった。
崩された話の順序を瞬時に組み立て直すのができなくて、仕事の知識もないから頭の中は真っ白。えーっと…なんて返事を迷う間にお客様はどんどん話を進めて、私からの応えがないから不安がったり怒ったり。
先輩方からアドバイスだってたくさんもらってるのに、なんでこんなに話せないんだろう。
お怒りのお客様に対してめそめそ泣きながら対応したこともあった。

でもそれを一日に何十件、週に何回もやっていればすぐに慣れた。
お客様からかかってきた電話を取るのも躊躇いはないし、ちょっとくらい温度感が高くてもむしろ「なんだコイツ、めんどくさい客だなぁ」とか、法人客に対して「見下したようにタメ口で話すこんな会社潰れてしまえばいいのに」くらい思える心の余裕も生まれてきた。

そんな中、新しい部署の仕事も任された。
今までは受電業務でお客様に求められたものを淡々と提供するだけの仕事だったけれど、新しい仕事はこちらからお客様側に営業をかけるものだった。
つまり相手がそのサービスを求めていることはあまりないため断られることも多い。
私にそんなのできるもんか。
それでも期待してくれてるんだと思うと、いつもの癖で断れず引き受けてしまった。

新部署での仕事、初日。
午前中にトーク台本をもらって簡単な研修を受けたら、午後からすぐに電話をかけ始める。
もちろんサービス内容なんて多分5%くらいしか頭に入ってない。
研修メモとトーク台本にある情報だけを頼りに、やりながら必死に頭に叩き込む感じだった。

別にお客様に不利になる内容ではないけれど、何となく後ろめたさを感じてうまく話せない。
でもその中で、先輩方が少しずつ案件獲得をし始める。
私もはやく案件を取らなくては、と焦りが出てきた。

そんな中で上司から「演劇やってるんでしょ?じゃあ演技だと思いなよ!営業のうまい人演じるの!」なんて言葉。
高校でクラスにうまく馴染めていなかった時の担任との二者面談でも同じこと言われたっけ。
演劇やってるってだけで、演劇が好きだってだけで、なんでもかんでも演技すればうまくやれるよ!だなんて無責任にアドバイスして、自分は演技さえしたことないくせに、自分にない要素を持つ他人を演じるのがどれほど難しいかもわかっていないくせに。
そんな思いを抱えつつ、そうですね!頑張ります~!なんて笑顔で返す。
心の中は焦りと怒りでぐちゃぐちゃで、また少しめそめそしながら電話をした。

でも近くにいた明らかに営業のうまい先輩。
俗に言う、コミュ力の高い明るい人。
トーク上にない会話もポンと返しては獲得に繋げていく。
いいなぁ、私もあんな風にできたらいいのに。

その時、さっきの演技してみれば?の一言が頭に浮かぶ。
さっきは流してしまったけれど、そうだ、あの先輩の真似をしてみよう。
仕事じゃなくて、演技のレッスンだと思えば確かにやれるかもしれない。
どうせ顔を見られているわけでもない、きっと現実でお互いを認識しあうこともないはずだ。
何か失敗してもひたすら謝り続ければ大体どうにかなるし、最悪上司に代わってもらえば私は逃れられる立場だし。
ついかたい敬語が出そうになるけれど、失礼のない程度に崩した言葉を使う、なるべく声のトーンを高くする、少しゆっくりめに話す、親近感と安心感を持たせるように…
先輩の返答も盗みつつ、ひたすら電話を繰り返した。

そうしたら、新部署3日目の営業が終わる数時間前。
やっと1件取れた。
取れました!と報告すればやったじゃん!頑張ったね!さすが!いいねナイスだよ~~~!なんて、褒め言葉の嵐。
人生でこんなに褒められたことあるかなってレベルの褒められ具合。
でも、話すのが苦手な私でも案件が取れた。
たった1件だけれど、それは自分の中では揺るがない自信になった。

真似を続けたら、それが身に染みて無意識にできるようになる。
そうしたらそれは限りなく本物なのではないだろうか。
きっと演技もそういうことだ。
演技はごっこ遊びだよってよく言うのもきっとこれだ。
生まれた時からきちんと喋れて二本足で立てる人間なんかいない。
周りの大人がそうしているのを真似して真似してやっとできるようになる。
それを忘れていただけ。

そう思ったら、歌やダンスに比べて得体のしれないものだと思っていた演技が、前より少しだけ身構えずにやれる気がする。
「演技には、その人の生活や生き方がそのまま現れる」
高校の部活の顧問に言われた言葉も、今やっと、理解できた気がした。

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