交換コラムNo.27 ごめんねの花

花を買うのが好き。選ぶことも、買った帰り道も、水を替える作業も好き。もらうのも、あげるのも好き。沢山の種類は知らないけど、店先に季節の花が並んでいると嬉しい。ちょうどいい長さに切ってもらって、自分用なのにリボンを巻きたくなる時もある。切り花には小さな幸せと静かな切なさがある。

街をうろついてみれば、意外と花は咲いている。民家を覆う蔦の類に、道の隙間でひっそりと咲くもの、地域が管理している奇抜な色合いの花壇に、空き家でのびのびと咲く野花まで。

昨日のこと。井の頭公園に向かうまばらな人波を自転車で追い越し、ちょっとした坂道に息を切らし、日差しに目を細めながら目当ての喫茶にたどりつく。真向かいの公園では、朝からマックスの力で子供たちが駆け回る。こちらはスッピンにメガネ、部屋着のトレーナーにいつものジーンズで息を切らしている。子供と大人の朝は、違いすぎる。

細い階段をのぼっていく。誰もお客はいなかった。控えめに鳴る優雅なクラシックに、宙に舞うホコリも朝日をうけてユラユラと踊る。サンドイッチとブレンドを頼む。積読から無造作に選んできた本を取り出し読んでいると、思いのほか面白く2時間くらい読み耽ってしまった。休日の朝に本を読みたい時はこの店にしようと思いながら、ニコニコでお会計をしにいく。


.............財布を忘れた。散々飲んで食って読んで、選択肢はふたつ。逃げるか・信用してもらって取りに行くか。お金が足りなくて下ろしにいったことはある。でも丸っとないのは初めてで、頭が一瞬混乱した。当たり前に後者を選択したが、言い出す時のそれはかなり情けなかったと思う。

「あの.....財布忘れましてね.... デへへ....近所なんで、ね...。ちょっと取りに、いってきます....。すいません.........へへ....。」よくないね、ヘラヘラして。こういう時、ちょっと鼠小僧みたいになっちゃうのなんでだろう。

もじもじする私をよそに店主は、「いいですよ、いつでも。ご近所さんならまたきてね。」と言った。井の頭公園の目の前で喫茶店を営むご婦人。馴染みの客がそれなりにいて、ケーキを焼いたりサンドイッチを振る舞ったり、炭火のコーヒーを優雅に提供している店だ。余裕があるのだ。極め付けに、今日はお天気良くてよかったわね。と微笑むご婦人。一瞬で好き→大好きになってしまった。

のほほんとしている場合ではなく、急いで店を出て財布をとりに帰る。担保として荷物を置いていこうと思ったが、狭い店内で邪魔になるかもと思い全部もって出てきた。自転車を漕いでいるうちにフと、「荷物全部もったから逃げたと思われたかな...。」と不安になる。大丈夫、余裕のある人だから。私も顔にピアスあいてるけど本読んでたし誠実そうに見えたはず...。と自分を鼓舞し、ペダルを漕ぐ力を強める。

ここまで、落ち着いて対応できていた(と思う)けど、「ごめんね」を伝えるために何か持って行った方がいいんじゃないかという考えが頭を支配し始める。

どうしよう...。家の方向に大した店はない。スーパーと飲食店、ちょっといけばケーキ屋もあるけど、ケーキは店で出してるし食べ物はご時世的にも/好き嫌いもわからない人には渡しにくい。こういう時、何が気が利いてて、スマートなんだろうとグルグル考えているうちに、家についた。土足のままあがり、卓上にのんきに鎮座する財布をちょっと強い力で握りしめてまた家を飛び出した。

さて、どうしよう。このままお金を払うだけでもいいんだけど、それだけじゃ好き→大好きになったご婦人に申し訳ない。何かあげたい、でも本当に知らない人に何あげたらいいの??????ヒエ〜〜〜〜 と思いながら、また自転車を漕ぐ。この間、ずっと真顔ではある。色々考えたが、万策尽きて仕方なしにスーパーに寄ってみた。食べ物は...。と思ってたけど、ちょっとしたスーパーほどにマルチな選択肢は、近所では見つからなかった。

スーパーを二周ほどして、白菜安くなったな...と思っていたところ、目の端に何かが見えた。花だ。スーパーの切り花。結構よく買うやつ。

.....これだ!!!!!!!!!!!111と思い、一番綺麗で店のイメージにあったものを選ぶ。500円の花束。会計を済まし(お金を払える安心もあるね)また自転車を漕ぐ。また坂道で息を切らし、うっすら汗もかいてきた。さっき見た子供達はもういなかった。

細い階段をのぼっていく。誰もお客はいなかった。控えめに鳴る優雅なクラシックに、宙に舞うホコリも朝日をうけてユラユラと踊る。変わらない店の様子に安心し、声をかける。

「あの...すいません、いいですか?」少しして、カウンターから出てきたご婦人は微笑んでいた。「早かったね。」と言ってレジ前に来て、無事にお会計を済ます。私のカバンから白い花が突き出しているのを、チラリとみていた。

「これ、もしよかったらもらってください、迷惑じゃなければ、すいません、、、」と言って花を差し出すと、「まあ、気を遣わせちゃってごめんなさい、かえって高くついちゃったわね、どうしましょう」「いいえ、わたしもびっくりしちゃって、大したものじゃないんですが、すいません、ごちそうさまでした」(ちょっと記憶が散り散りだが、このような会話をした)また来ますと言って店を出ると、より高くなった太陽に時間の経過を感じた。朝家をでて今に至るまでの数時間、いつもの休日にはない緊張感とゆるさで感覚が狂ったのか一瞬のように感じたが、「ごめんね」の物選び意外と時間がかかったのだ。

午後は家のことをしようと思っていた私は「バカ〜〜」と思いつつ、また自転車を漕ぐ。なんとなく公園をウロウロしているうちに、なんだか一連の出来事が面白くなってきた。こういうのもいいな、と思うほどに開き直ってきた私は吉祥寺で買い物をし、夕方にはまた喫茶店のある公園の横道を通って家を目指していた。

その時、フと喫茶店を見上げると、私があげた花束が窓辺に飾られていた。少し薄暗くなってきた空と店からこぼれるオレンジの光が、白い花を引き立てていた。

それだけで、私の書くまでもないただの休日が、書くほどのものになった。(気が向いた、というのが正しいか)

花を買うのが好き。切り花には小さな幸せと静かな切なさがある。また行く時には、ちゃんと財布を握りしめて


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