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 英語の綴りを覚えるのが苦手だ。
 中学生のころ、英語の授業はわりと好きだったのだが、テストの成績は、スペルミスが多くてよくはなかった。
 そのころ、英語の勉強をかねて聞きだしたビートルズの音楽が好きで、毎日飽きもせずに、そればかり聞いていた。ちょうどMDウォークマンがソニーから発売されたばかりで、新しもの好きな俺は、MDカセットに彼らの曲をばかみたいにたくさん入れて持ち歩いていた。
 そんなある日、学校で授業中に、授業そっちのけでビートルズの歌詞カードを見ていると、教師が後ろからそれを取り上げて、「ビートルズとはどういう意味か知っているか?」と問いかけてきた。
 俺は正直に「知りません。」と答えると、彼はそんなことも知らんのかという口調で、カブトムシという意味だ、と言うと、歌詞カードで俺の頭をポンと叩いた。
 しかし、それは誤りであることを俺は知っていた。
 カブトムシはbeetles、ロックグループのビートルズはBeatlesと、二つ目の「e」の部分が「a」になっていて、綴りが違うのだ。それにそもそもイギリスにはカブトムシはいない。結局のところ、意味は諸説あってわからないのだ。
 俺は、彼の教師としての名誉のため、何も言わずに黙っていた。

 昨夜、なじみのバーで、アイリッシュウィスキーは飲みますか?とバーテンダーに聞かれた。
 ウィスキーはスコッチ一辺倒だが、じゃあ、とアイリッシュウィスキーをたのんだ。
 あまり知られていないが、ウィスキーはアイルランドが発祥であるというのが、現在一番有力な説だ。
 ウィスキーの語原はゲール語で、生命の水という意味なのだそうだ。ゲール語とは、イギリスの先住民族、ケルト人(アイルランド人、スコットランド人、ウェールズ人)の言葉である。
 アイリッシュウィスキーは綴りが違う。
 WHISKYが英語の綴りだが、「e」が入ってWHISKEYとなる。つまり、「e」が入っていればアイリッシュウィスキーであり、スコッチではないのだ。
 俺は、ソーダで口を洗ってから、ショットを飲んだ。
 英語のスペルの奥深さにおもいを巡らせながら、「e」のある味と香りを楽しんだ。

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