大森公平@個人的資本経営研究家
人的資本経営に関する個人見解、研究をまとめています。 個人がどのように仕事に向き合いプライベートを過ごすかを考え、個人と企業の成長を目指していくかを学び、アウトプットする場です。人材や教育に関わっている人や会社で働く人だけでなく、社会で働く個人全員が対象です。建設的な意見、反論、新しい考えや気づき等頂けたら嬉しいです。
▼はじめに 「個人的資本経営の研究家」と名乗り、ひとまず考えた事をアウトプットしてみた。 研究といっても正式な調査に基づくものではないため、あくまで個人の見解と自らの学びによるものだが、今までSNSすらまともにやっていなかった人間が改めて自分に向き合うには良い機会となった。こんなに真剣に記事を書いたのはmixi以来だろうか。 大学生時代、企業インターンをやっていれば卒論を書かなくてもよいという制度があり、卒論を書かない道を選んだ私には後悔の念があった。 何故もっと、学びを
興味がある事を学ぶことは好きだが勉強は苦手。 学習本を読んで納得はするが、頭に残らない。 そんな人は結構多いのではないだろうか? 人的資本経営を進める上で「対話」の質を上げていく事が重要だが、それには個人個人が対話力を身に付けていく必要がある。 対話を行い勉強に対して能動的に向き合うと記憶に定着しやすくなり、新しい知識と既存の知識を結びつける事であまり興味無かった分野も使える知識となる。 今回1人でも出来る「対話式勉強法」と「勉強」のアップデートについて思考していく。
「青い空に白い雲」は海外からの輸入品だった? 人類誕生前から「存在」していたはずの空だが、昔の日本の絵画には青空が描かれておらず、 西洋と触れる中で青空が増えていった。 社会が変わっていく中で人々は『空』に何を見て、何を感じるようなったのか…そんな事を考えさせてくれる展示会に行ってきた。 『空の発見』渋谷区立松濤美術館 https://shoto-museum.jp/exhibitions/205sora/ ◆空を見る。江戸時代に描かれた日本の絵画には空が描かれること
現代の情報社会には「確からしい情報」があふれている。 ここでの「確からしい情報」とは、単なる正しいと思える情報ではなく、信頼できる根拠に基づいた情報を指している。(数学においては確からしさは確率を意味する) たとえば以下のような情報が「確からしい情報」に該当するだろう。 - 発信元が信頼できる一次情報 - 専門家の経験に基づいた見解 - 根拠あるデータに基づく分析 - AIが膨大な情報から導き出した予測 これらは一見「信頼できる正しい情報」とされるかもしれないが、「正
「日本の教育は時代遅れで、主体性が身に付きにくい」昔からそんなことを言われ続けている。 実際に日本の教育にネガティブなイメージを持っている人は多いだろう。 では逆に「日本教育の良い所」は何だろうか? ネガティブな意見ばかりに納得してしまい、ちゃんと考えたことがあるだろうか?海外の教育の方が本当にこれからの時代に合っているのだろうか? そこで何かと問題視されがちな「日本教育」について良い点や改善点を、仮説を踏まえて思考してみた。 ▼リスキリングと学び直し人的資本経営関
多様性の時代と言われる現代。 しかし組織の「多様性」を表現するために女性・外国人・障害者の雇用率が使われることに、なんだか少しモヤモヤしてしまう。 あるいは、自分が理解が出来ない人の思考を「多様性」という言葉で片付けているのを見る度に「多様性ってこういうことだっけ?」と違和感を感じてしまうのは何故なのか。 また感覚的に欧米の「多様性」と日本の「多様性」は何だか違う気がする。 事実として世界標準からすると、日本は多様性後進国の様な言われ方をする。それは間違いではないかも
個人としての人的資本経営を考えていく上で、 企業の開示を目的とした人的資本経営でも 国際基準に合わせた人的資本経営でもない、 日本の組織や文化に合った人的資本経営とはどうあるべきかをChatGPTと対話しながら思考した。 そして、 日本式の人的資本経営の1つの答えとして、 最近注目を浴びている優れた起業家の思考法 「エフェクチュエーション」の影響を受け、 「カレーライスの原則」と名付けてみた。 ◆カレーライスの原則とはカレーライスはインド料理を元にイギリスで誕生し、明治
近年、日本のビジネス界において「人的資本経営」という言葉がバズワードとなっている。 2023年は人的資本経営の開示元年と言われ、上場企業では人的資本の情報開示が義務化された。 人的資本経営とは経済産業省では人的資本経営を以下の様に定義している。 つまりは「ヒト」を「モノ」と同じように商品を作る際の資源(費用やコスト)として消費するのではなく、人材が持つスキルや知識を資本(企業価値を向上させる資産)として投資を行い、能力を引き出すことで会社を持続的に成長させていこうという考
結局、社会が変わるかは、「変えたい個人」によって決まる。 いつかは英語を学びたいと思い続けていても、結局、英語の必要性を感じないから学ばない。現状を変えたい程の不満がなく、程よく幸せだから変える必要がない。 変える必要はないが、何かを変えたいとは思っている。だから一部の人はSNSで叩く。 大多数の人は共感しながらも、傍観する。 「変えたい個人」が、社会を変えるためには、個人が感情と知性の矛盾にも向き合わないといけない。様々な理由でフタをしがちな矛盾に向き合い、それでも変
石丸さんの都知事選及びメディア対応への賛否両論を見て思うのは正義感と目的のズレだ。 例えば、 勇者や救世主のようなヒーロー的な正義感を求める人は、人格者である事をある事を望み、どんな質問でもヒーロー的な対応をする事で支持が増えて、目的が達成されると考える。 改革者や革命家のような正義感を求める人は、もっと理解して欲しいと願い、理解出来ない人を「敵」と感じる。そして「敵」を倒すことで目的が達成されると考える。 一方でメディアは人々が聞きたいと思われる言葉を引き出したり、短
「何か自分も発信者になりたい」と考えて、noteのアカウントを作り、何も書けないまま3年が過ぎていた。いままでSNSは見る専で、コメントを入れることも全くなかった。 立派なプロフィールの人達の言葉や才能溢れる人達のマネごとで共感を集めるのは無意味に思えるし、賢い人の分かりやすい話を聞いて前に進んでる気になったり、批判側に立つことで一時の優越感を得るのも虚しく感じる。 超情報化社会では、どこまでが自分の言葉でどこからが人の言葉かもよく分からない。 頭に思い浮かんだ「自分の