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その28:女子剣道再考(下)

 女性に考えてもらいたい事(参考)

 50年くらい前、女子剣道の指導者は試合に勝つことしか考えない人が多かった。これではいけない、身体を壊してしまうと思って、昭和56年(1981)、『コーチ学女子剣道編』(逍遥書院)を出版した。沢山の人から批判されたが気にしない性格なので、誠におこがましいことだが、今回も余計なこととは知りながら最後に提案して置こうと思う。

 その前にもう一度考えたが分からないことがあった。それは私が男だからだ。「松籟庵便り(26)」で、父が書いた言葉の中にあった「高齢になっても出来る様に方向転換」する年齢は何歳くらいだろうか。男は40歳前後だが、女性は何歳くらい?「コツを覚える」とは、どのような「コツ」だろうか? 女性剣士の皆さんに、そのことをじっくり考えてもらいたいと思う。

 父は昔気質で、いろいろ質問したがさわりだけ教えて、後は自分で考えろ、というやり方だった。例えば、「『盈進』とはどういう意味ですか」と尋ねると、「『孟子』にあるから自分で調べなさい」。父に「小手を覚えると剣道に幅ができる」と言われたが、「小手はどうやって打つのですか」と聞くと、「面が打てれば小手も打てるようになるから、しっかり面打ちの稽古をしなさい」。百錬自得の教えそのものだった。今思うと、自分で会得したことは忘れないということだと思う。

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①「松籟庵便り(26)」で記したが、日本の剣道人口は1,942,563名、男性が1,365,548名、女性は577,015名という人数である。概ね三分の一が女性である。これらの人がそれぞれ目的を持って剣道をしている。剣道をする目的は各人各様であり、人にはそれぞれ人格がある。剣道は人間が行うものだから「何のために」という哲学がなくてはならない。いろいろな目的があると思うが、その中の一つに「胆力」を養うためにということを加えて置いて頂きたい。

②長い間培われた剣道の技術はごく初歩的な物理学である。刀には鎬があるが竹刀にはない。しかし現代剣道は竹刀で行われているが、応じ技は鎬に関連した技術である。足捌きも同様で「送り足」・「開き足」によって繰り出す技は異なっている。また男性と稽古する時、体当たりでまともに当たったら飛ばされてしまう。ではどうしたら良いのだろうか。 私は20代の時、野間道場で父や小川忠太郎先生、望月正房先生その他の大先生たちに稽古をお願いした後、異常に疲れたことをいまだに覚えている。「多分、術を使っているのだな」と思っていた。最近、その術の本体は物理学を応用していることが何となく分かった。しかし、これは長年の経験の中で会得したものだろう。そうでなくては70代・80代で若者相手に何人もこなせる筈がない。 また、私達は日本剣道形や各種古流の形を習うことで、気が付かないうちに物理学を応用しているのである。

③歴史学という視点も大事だ。剣道には長い歴史がある。剣道は日本の歴史と共に存在した。発展もあったし、衰退もあった。日本の歴史の中で女性はどういう存在だったか。今はどうなのか。その中での女子剣道をどのように捉えるか。すべて興味深いテーマである。ただし、女子剣道の歴史は短い。逆に考えれば、歴史と捉えられるだろうかという懸念もある。または、短いがゆえに細部まで研究する事もできる。 さらに、土屋忠雄先生が仰った様な転換期でもない。もっと言えば、コロナ終息後の剣道を考えるという観点からすれば、追い風の転換期かもしれない。

④相手との攻防、やり取りは心理学である。剣道は相手の心の読み合いだから、心理学を学べば人の心の内部の面白さが分かる。『性差心理学』、『男性心理学』、『女性心理学』、『日本人の性格』等々は興味深い。古典では『五輪書』、『不動智神妙録』、『天狗芸術論』は必読の剣道書である。

⑤江戸時代は全国に260以上の藩があり、各藩は藩校を築き武士の子弟を教育した。剣術は必修科目として行われたが、実施場所は土の上であったり、板張りの道場であったり様々だった。加えて、各流派の道場もあり、それが現在に受け継がれて剣道場がある。道場は木の板が張ってある。薄いと踏み抜き、厚過ぎると踏み込んだ時、踵・足首・膝・腰等身体の各部位に負担がかかる。特に、私の経験から剣道場以外は、他のスポーツを行う体育館が多く床が堅くて怪我をすることが多いのではないかと思われる。百鬼史訓先生の研究によると、面打ちの踏み込み時に、床面に加わる垂直下の重量の平均値は、男子が884.6(kgw)、女子が548(kgw)である。踵、足首、膝、腰の怪我に気を付けたい。

⑥日本では70代・80代、時には90代になっても矍鑠(かくしゃく)として若者相手に稽古する姿を見る。正に生涯剣道そのものだ。どうしたらその年齢まで稽古することができるのか。70代・80代・90代まで剣道に携われるのは理想である。これも医学や生理学の知識を借りることになる。そればかりではない。江戸時代に盛んに行われた流派の技を応用して、物理学とのコラボレーションで可能になるだろう。

⑦最後に、初心者を指導するのは根気がいる。小さな子供達を教え導くためにはコーチ学や教育学も必要になる。

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 女性剣士の皆さんはこれらの課題をどう受け止めるだろうか。そんなことをいちいち考えていたら勝てないと思うだろうか。男が余計な口を出すなと思うだろうか。コロナ終息にはかなり時間が掛かると言うが、終息後の女子剣道の世界に変化はあるだろうか。「松籟庵便り(16)勝って反省、負けて工夫」でも書いたが、試合を止めなさいと言っているのではない。機会があったら率先して出場することだ。これも修行のためである。 『三磨之位』が示しているように、1.正しい技を 2.工夫して 3.稽古し、修行の成果を試合で試すことである。今回の「松籟庵便り」は、女性にとっては正に余計なお世話であることを付け加えておく。40年前は100%男性指導者からのクレームだったが、今回は女性からのクレームを覚悟している。

 御意見や御感想があれば、筆者まで送ってください。

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2021年4月1日

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