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Day10 自分の好きなところ
「自分の好きなところ」
誰にでも、調子のよいときと悪いときがあるだろう。自分で調子がいいなと思うときの自分が好きだ。
まず、私にとって調子がよいときとは、必ずしもパフォーマンスが高いときではない。とても曖昧な言葉でしか言い表せない、微妙なバランスの上になりたつ”調子のよさ”。
色に例えるなら、淡いピンクと乳白色の混ざったような。
味に例えるなら、はちみつがかかった小さめの桃ミルクパフェみたいな。
決してキレキレでもなければ、鈍っているわけでもない。
大抵のことは許すことができるが、全部見えていないわけではない。
すごく脱力していながらも、背筋はピンとしていて、軽く微笑んでいる。
お腹はいっぱいではなくて、むしろすこし空いている。
おもしろいことに素直にパッと飛びつけて、笑って、少しの皮肉も言うけれど、上品な範囲にある。
コミュニケーションに喜びを感じているけれど、誰にも依存せず、一人でいることが楽しい。
これが私の調子のよいとき。
シーソーのように、悪い場所と良すぎる場所を行ったり来たりするけれど、丁度真ん中より、少し良い側のあたりがいい。
日があたりすぎて、暑くてもいけないし、日陰すぎて寒くてもいけない。丁度良いひだまりのある場所は安心できる。地球が回る限り、わたしが息をし続ける限り、その居心地のよい場所は永遠ではない。移り変わるのが常である。だからこそ尊い。
そんな自分でいられるときに、「あなたのここがすてきね」と言われると、とてつもなく嬉しい。
そうだよね!私も素敵だと思う、と完璧に自己肯定できる瞬間。幸運ならば2か月に1度くらいはこういう経験をすることができる。
幼いころから、母に影響を受けすぎて育った節があるが「あなたは、いつも機嫌がいい赤ちゃんだった」と言われて育った私は、それが誇りだった。
たとえば、生まれてはじめに入るお風呂、沐浴。
普通の赤ちゃんはぎゃん泣きするものらしいが、私はうっとりした表情でこの世で初めてのお風呂に浸かったそう。そもそも生まれる瞬間も、帝王切開だったので、寝たまま生まれてきたらしい。
(先生にお尻をぺちぺち叩かれてやっと、起きて息をした)
ちょっとぼーっとしているくらいが、私はちょうどいい。でもそれは、無知な状態とか、無理解の状態でないといいなと願っている。
なんだか、わからないけれど手が覚えているとか、身体が覚えている状態で、「自分に心地よい私」を自然と行えるようになるといい。たまに、ある。いま、いいなっていうときが。
そういうときにタロットを触るとよく当たったり、道を歩いていてもラッキーな出来事や偶然にめぐり合うことができるので、神様から「いま、いい感じよ!」というサインが降りてきていることを感じる。
それが自分の好きなところ。
エチカ
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