【詩】天涯孤独人の独話

刹那の紅葉のち

一瞬ではらはら降り落ちた葉を踏みしめ

きりのない洛陽を臨む


兄が釣ったのは最後の脚のある鯉で

脚と頭はすぐに腐った

わたしの足下に

そのもろくはかない骨は埋まっている


またある日

運河の先を塗り染める空が

立ち上がってみせた

こどもがひとり

空の向こうへ飛び込んで消えた

弟だった


かずかずの風景を渡り

かさなりあう日々へそっと踏み出し

ひそやかにわたしは生きた

しかし季節はあまりにも薄命で

振り返る間もなく次へ次へと押し出される

わたしのまわりは常に妙にざわめいていた


長い夜

弟を迎えに兄はふたたび漕ぎだした


ぎっちらこ

ぎっちらこ


繰り出す櫂の軋みを

その年はじめての雪がそっと包んだ

運河の先にある蓄音機の奏でだけが

どこもかしこもけむったなかを

あぶなっかしく縫ってくる

それが河岸に立つわたしの

きんと冷えた耳に届く


かじかむ指を持て余し

白く凝る息を吐く

どうかはやく帰って

兄を裁くことなく

弟を愛すことなく

どうかわたしを放っておいて

誰にともなくわたしは祈った

吹きすさぶ風は清潔な香りがした

うずまき管の底にしずんだ蓄音機の奏でが

夜じゅうを彩り暁を呼んだ


降り積もったばかりの雪を踏みしめ

わたしは立っている

溶かされはじめた氷柱が

静けさに軽やかな和音をもたらした


足下には兄の釣り上げた魚の骨が

まぼろしのように在るはずだ

(これがわたしの うまれてはじめての記憶である)

(『現代詩手帖』2014年2月号入選)

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