【詩】日照雨となり

虚空に目を凝らし

しじまに耳を傾け

しばし歩みをとめ

地球の脈打つのに身をまかせる

たちまち四肢はほどけ原子単位に分解され夕凪にさらわれる

呼気は宵のとばりに溶け

手足を授かった奇形のシーラカンスがつま弾く

46億年前の星のうたと響き合う。

カーテンをふくらませ夕餉の香りのなかを泳ぎ

光化学スモッグを纏いつつスクランブル交差点上空を突っ切り

湖水にさざ波をたて孔雀のかんむりをかすめ

歩道橋をひとりゆく女子学生のおでこを撫でる(りぼんがはためく)

すれちがうのはかつて時をともにし心をわけ合ったものものしかし、

すれちがってからそのことに気がつく。

存外、まったくの自由自在というわけでもないようだ。

たゆたうわたしの半身は外気温に凍りつき

かつて心臓のあったあたりだけが燃えるように熱く昇華をつづけている。

そして徐々に分散する。

産み落とされた赤ん坊のはじめての泣き声に

独裁者の罵声に

詩人のため息に

体操選手の深呼吸に

セイウチのあくびに

ライオンの咆哮に。

支流にわかれながらドングリを転がし

枝垂れ桜を揺らし

風見鶏をくるりと回し

飛行船を浮かばせ

ジェット機に切り裂かれ

鳥を遊ばす。

時に落ち葉を踊らせ時に渦巻き飲み込みひねり殺す。

あらゆるものと溶け合いそれでいてけっして交わることのない気流

そしてある金色の太陽のかがやく夕暮れふたたび地表へと戻ってくる。

さらさらとこまかな日照雨となり

降りそそぐ町を飴色に染める

羽衣をひっかけ足早に駆けてゆくオフィス・ワーカー

霧にのまれ、二度と会うことはない。

とてもたくさんのまちがいを、わたしはした。

硬い地表はどこもわたしを愛してなどくれないが

押し流し堆積するわたしはしかしいつしか時を決壊させる。

(『現代詩手帖』2013年11月号入選)



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