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未来へ残せるもの

久しぶりのnoteです。
インスタの記事とダブりますが、インスタは数日でアーカイブにするので、残したいものは、noteにも保存していこうかなと思います。

最近必ず見ているドラマ。
それは、「いちばん好きな花」。

久しぶりに「言葉のあるドラマ」を見ている気がします。
私はやっぱり、「言葉族」(師匠の一田さんから博多の夜にお聞きした素敵な言葉)なのだなと、見終わった後いつも、じんわりします。俳優さん達もみんなすごくいい。とにかくいい。主だった登場人物全員に好感をもてるドラマってあまりない気がして、そこがまた、いいなあと思います。

来週最終回。どんな落とし所を見せてくれるのか楽しみです。



さてさて、今年も少ないながらボーナスをいただけて。
いつのまにかなくなっちゃうよりは、自分の欲しかったものに変身させちゃおう!と思い、この一目惚れだったアラビアのクロッカスのマグを買いました。

アラビアの150周年記念のお色。
め~ちゃくちゃ可愛い。
1年間、私頑張ったよねぇと飲むコーヒー☕️は格別です。

150周年ってすごいことですよね。
当たり前だけど当時生きていた人は、この世に1人もいないんだなぁと思う時、モノは時を超えて残るのねと思います。

私も当たり前ですが、多分もう50年後の未来にはいない。影も形もない。

それでも何か少しでも残せるとしたら、きっと、今私がもっているものではなく、誰かにプレゼントしたり、伝えたことが、かろうじて、時を越えれるのかもしれない。

まずは一番近くにいる息子ちんに伝えるところから。そしてできれば、出会ってくれた人々へ。

そして、そこからまた次の世代に、ほんの少しでもかけらが残ったり、次の世代が、その意味を増幅させてくれたり、いい方へ改良してくれたりしてくれるなんてことがあればそれはすごく素敵だと思う。

そう思うと、私は、パパが遺してくれたものの意味をもっと深く理解して増幅させたい気持ちになります。

人間の場合は、生きるってことが、他の生き物と違って、種の保存の為だけではないところが、実は最もすごいことなのかもしれない。

私は祖母と祖父までしか知らなくて、150年前に生きていたであろう、祖父の祖父や祖母の祖母のことは全く知りません。どんな人だったんだろうと思っても、もう知る術がない。聞いておけば良かった。

だけれども、きっと、その人達が伝えたことが祖母のあの凛とした精神の一部になっていたり、祖母から父や母の心に残ったものが、父と母のフィルターを通して、私に何かしらの微粒子となって伝わっているのかもしれない。

それは血のつながった人からだけではもちろんなくて、たくさんの人の想いが少しずつ何かを変えたり増幅したりして、私まで繋がってたりするんだ、きっと。

そう思うと、息子ちんに、アホな姿を見せすぎてることを急激に反省する朝です。すでに、息子の友人達にまで、あまりにもすごい私のエピソードが伝わっているらしい。

息子の友達がお泊りにきた時に、どんなに優しいお母さんを演じても、もう全部いろいろ話しとるけね~!と息子ちんに言われた時の絶望感ったらなかったし、きっともう息子の彼女ちんにもかなりのことが伝わってしまっているだろうことを思うと、今日からでも襟を正そうと思います。

でも、なんだか、うまく言えないけれども、今日はとてもいい朝です。

福岡はものすごく気持ちの良いお天気です。皆さんも良い休日を♪

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