見出し画像

PROMISEとややこしい仲間達

当たり前だったことに、特に名前を付けるようになった。

「携帯」電話の出現によって、家や事務所に引いてある元々の電話は「固定」電話と言うようになった。

「養殖」ウナギが登場して、魚は本来それが当然なのに「天然」ウナギという名前で対比されるようになった。

「クラウド」のサーバーを利用することが一般化して、自社で機器を導入・運用するという、それまで当たり前だったことを「オンプレミス」とわざわざ呼ぶようになった……

premise

「オンプレミス」はまず「オン」と「プレミス」に分けることができ、「オン」の方は単なるonです。

更に「プレミス」、アルファベットで書けばpremiseとなる言葉を分析しましょう。

空間的に「前部にある」、または時間的に「あらかじめ」という意味の接頭辞pre-はお馴染みだと思います。

前者の意味ではpresident「前に座る人⇒座長、司会者、社長、大統領」が、後者に関してはprelude「前に演奏する⇒前奏曲」が例として挙げられます。

そして「mise」の方は、語源をたどるとラテン語の「mittere送る」の過去分詞に行き着きます。

(送信も受信もできる無線機を意味する「トランシーバー」は、「transmitter送信機」と「reciever受信機」をくっ付けてtransceiverとしたものであり、この「《送》信機」の「mitt」の部分が「mittere」です)

ですから、合わさったpremiseは「前方に送られた」が意味の核ということになります。

「前方に送られた」⇒「あらかじめ述べられた」というように意味が展開し、「前提」を表すようになりました。

「We must act on the premise that the worst may happen.
最悪の事態も起こりうるという前提に立って行動しなくてはならない.」
(研究社新英和中辞典)

また法律用語で、「前述の部分、既述事項」という意味で証書の中に登場するそうです。

特に不動産の権利証書の中ではそれが「前述の物件」という使われ方をしたので、「土地付きの家屋、建物」のことと捉えられ、更には「構内、店内」ともなりました。(これらの意味の時は複数形にします)

「on the premises
敷地内[構内,店内]で」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

このon the premisesをギュッと縮めて形容詞にしたのがon-premisesということになります。ですから本当は「オンプレミス」よりも「オンプレミシズ」とカタカナ書きした方が正確だと思います。

実用例としては、cloud-based softwareと対比してon-premises softwareと言ったりします。

さてそもそも、「プレミス」という文字を見て一瞬「プロミス」じゃないのか、と思う人もいるでしょう。

promise

こちらは「pro+mise」であり、後半部分はpremiseと同じく「送られた」の「mise」です。

そして接頭辞pro-も「前に」の意味で使われることがあり、「前に送る」⇒「あらかじめ言う」となるので、premiseと似ています。

名詞としても動詞としても、「約束」という訳語を付けておけばいい用法と、そうはいかない用法の2つに大別されます。

前者はお馴染みですから、今回は後者の方を確認しておきましょう。

それは「見込み」を述べる用法です。

「The morning looked bright with the promise of a sunny day to come.
その朝は明るく晴れていてお天気になりそうな気配がした
She shows great promise as an artist.
彼女は画家として非常に有望だ」(同)

動詞用法ではこうなります。

「A rainbow promises fair weather.
にじが出ると天気になるようだ.
The recent progress in medicine promises well for the future.
医学の近年における進歩は大いに将来に希望を抱かせる.」
(研究社新英和中辞典)

ing形由来の形容詞promisingもこの「見込み」系の意味で使われます。

「The weather looks promising this afternoon.
午後から天気がよくなりそうだ.
a promising new player
有望な新人選手」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典)

ところで、promiseの頭にもう1つ接頭辞を付けた言葉、compromiseは「妥協」という意味が有名です。「約束」から「妥協」へどうつながるのでしょうか。

compromise

語源は

「ラテン語「(仲裁人の裁決で)お互いに約束する」の意」
(研究社新英和中辞典)

です。

接頭辞com-が「お互いに」という部分を担当しています。「お互いにある程度譲歩すると約束する」ことが「妥協」になるというわけです。

promiseに引っ張られて間違った発音をしてしまいがちな単語でもあります。「コンプロミス」ではなく「コンプロマイズ」です。何なら「カンプロマイズ」と表記してもいいでしょう。そして、「コ」(あるいは「カ」)を強く読んでください。

さて、それでは「妥協」系の用法を見ましょう。

「妥協に至る」と言いたい場合にa compromiseに組み合わせる動詞は「reach」「come to」「arrive at」です。どこかの場所に「着く」と言うときと同じですね。

「▲▲さんと◆◆の件で妥協する」としたければ▲▲をwithで、◆◆をonで先導します。

「I cannot compromise with him on matters of principle.
原則の問題では彼と妥協はできない.」
(研究社ルミナス英和辞典)

このように「妥協」という行為を表すほかに、「妥協案」「折衷案」のことも指します。

(「折衷」という言葉の中で使われる場合、「折」という漢字は「わける」を、「衷」は「中ほど」「偏らない」を意味します)

二者の間での妥協、ということなので前置詞betweenの出番です。

「a compromise between opposite opinions
対立する意見の折衷案.
a compromise between East and West
東洋と西洋の折衷, 和洋折衷」
(研究社新英和中辞典)

一方「妥協」という訳語ではしっくりこない場合があります。以下のような意味を取ることがあります。

①名声を「傷つける」

「He compromised his reputation.
彼は評判を悪くした.」(同)

②好機を「台なしにする」

「compromise one's chances
良い機会を台なしにする」
(ジーニアス英和大辞典)

③「危険にさらす」

「The security of our country was compromised.
わが国の安全が脅かされた.」
(研究社ルミナス英和辞典)

これら非「妥協」系の意味合いには名詞用法もあります。

「(名誉・評判・信用などを)危うくすること、危険[疑いなど]にさらすこと
a compromise of one's integrity
正直さを疑われるような仕儀」
(小学館ランダムハウス英和大辞典)

今回の投稿では冒頭部分で、IT関係でよく使われる言葉「オンプレミス」を取り上げましたが、最後に、やはりIT関係の用語として登場するcompromiseに触れましょう。

BECとEAC、それぞれのCがそうです。

トレンドマイクロ社のサイトより引用します。

「BEC(ビジネスメール詐欺)とEAC(メールアカウント侵害)
周知の通り、BECとはBusiness Email Compromiseの略であり、文字通り、ビジネスメールを用いて特定の関係者になりすまし、標的となる受信者に送金などの処理を行わせるものです。加えて新たに登場してきたのがEAC(Email Account Compromise、メールアカウント侵害)。BECよりも一段と深い攻撃で、何らかの手段で詐取した「正規の」メールアカウントを悪用して、標的に送金などの処理を行わせます。」

「周知のとおり」とおっしゃっていますが、「ビジネスメール詐欺」という日本語から、元の英語がcompromiseであることを思い浮かべるのはなかなか難しいでしょう。先ほど見たように、辞書には「危うくすること」と載っていて、結構字面が違いますから。

逆に「詐欺」を和英辞典で引くと

「(a) fraud;〔金などをだまし取ること〕swindling, a swindle;〔他人を装って〕(an) imposture」
(小学館プログレッシブ和英中辞典)

と載っており、compromiseが登場することはないでしょう。

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?