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MELTの広がり

カフェ・チェーンのスターバックスでは現在、季節の商品として『フォンダン ショコラ フラペチーノ®』という飲み物が売られています。同社のプレス・リリースにはこうあります。

「『フォンダン ショコラ フラペチーノ®』は、中からとろっと、とろけ出すチョコレートが至福の「フォンダンショコラ」をイメージし、ビバレッジ全体で表現しました。」

そもそも「フォンダンショコラ」とは…

「フォンダン・オ・ショコラ(フランス語: fondant au chocolat)は、フランスのチョコレートケーキである。(中略)チョコレート味のケーキ生地の中心にガナッシュチョコレートを入れて焼くため、焼成後に割ると中からチョコレートが溶け出すのが特徴。」(ウィキペディア

スターバックスのサイトや店頭のメニューにはこの飲み物の売り込みの一環としてロゴが載っていますが、フランス語で「Fondant Au Chololat」と表記されています。

ところが、「Fondant」と「Chololat」がゴシック体?でそれなりの太さの字体なのに対して、「Au」は筆記体で細いフォントが使われていて目立ちにくくなっています。

日本語では「au(オ)」の無い言い方「フォンダン・ショコラ」が普及しているので「Fondant」と「Chololat」がつながって目に入ってくるようにした、ということなのでしょうか。

auとは

「au」は前置詞「à」と定冠詞「le」が合体(縮約)したものです。

「フォンダン・オ・ショコラ」で定冠詞がleなのは、それが冠せられるchocolatが男性・単数名詞だからです。

フランス語の定冠詞はその時々の状況によってle、la、l'、lesという4つの形態のいずれかが使われます。この内、àにleが続くときにはauに、lesが続くときにはaux(こちらも読み方は「オ」)となり、一方laとl'ならば縮約は起きずに「à la」「à l'」のままです。

àは非常に多くの訳し方のある言葉ですが、ここでは「●● à ▲▲」の形で「▲▲の有る●●」を意味しており、特徴を描写する用法であると言えます。ですから、「fondant au chocolat」は「チョコレートの有るfondant」ということになります。

このàの使い方で有名なのは何といっても「カフェ・オ・レ」でしょう。「café au lait」はすなわち「ミルク(lait)の有るコーヒー」です。また「tarte aux fraisesタルト・オ・フレズ」は「苺(いちご)の有るタルト」となるわけです。

食べ物以外でも、「stylo à billeスティロ・ア・ビユ:球の有るペン⇒ボールペン」「train à grande vitesseトラン・ア・グロンド・ヴィテス:猛スピードの有る列車⇒高速鉄道、特にフランスのいわゆるTGV」などと使われます。

fondantとその仲間

ではfondantとは何でしょう。これは動詞「fondreフォンドル:とける、とかす」の現在分詞由来の形容詞「fondant口の中でとろける」が名詞として菓子名に使われたものです。

一方このfondreの過去分詞の方もやはり名詞に転用されて食品名になっています。それはfondue、そう「フォンデュ」です。

「チーズ・フォンデュ」はフランス語では「fondue au fromageフォンデュ・オ・フロマージュ」なので「チーズ(fromage)の有るフォンデュ」ということになります。(英語では簡単に「cheese fondue」でいいようです)

更に別の仲間

動詞fondreに接尾辞-erieを付けた「fonderieフォンドリ」という言葉があります。この接尾辞はこの場合「ある分野に特化した組織」を意味するのですが、「溶かす分野の組織」というこの言葉は「鋳造所」を意味します。鋳造とは金属を溶かして型に入れ、冷やして成形することですから、正に「溶かす」ことにまつわるものです。

この言葉は英語に取り入れられ、foundryとして「鋳造所」その他の意味が辞書に載っていますが、私の見た限りの英和辞典には載って「いない」意味があり、それが「半導体チップ生産工場」です。

この業界では「チップの設計を行う会社」と「生産を行う会社」の分業が進んでおり、後者のことをそのままカタカナ語「ファウンドリ」と呼ぶことが定着しています。

ファウンドリの最大手、台湾の「Taiwan Semiconductor Manufacturing Company(TSMC)」が日本では熊本県で工場を建設中であり、アメリカでも工場を新設することは、経済安全保障の観点からも注目されているのはご存じの通りです。

半導体投資競争が加速=TSMC、米で最先端工場―中国に対抗
2022年12月07日
【ワシントン、台北時事】半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は、最先端半導体の米国生産に初めて乗り出す。経済安全保障の観点から半導体の自国生産の重要性が高まる中、中国とハイテク覇権を争う米国にとっては大きな一歩で、半導体産業への投資競争が加速することになりそうだ。(中略)
米国は補助金をてこに半導体の国産化を急いでいる。政府介入による産業政策をタブー視してきた従来方針を覆し、8月に成立した半導体補助金法に総額527億ドルの補助金を盛り込んだ。日本政府もTSMCなどが熊本県に建設する半導体工場に最大4760億円の補助金を出す計画だ。」

英語本来の「とける」

「とける」を意味する英語の動詞の代表はmeltです。

基本となる、固体が「溶ける」《自動詞用法》/固体を「溶かす」《他動詞用法》はいいとして、それ以外を確認しておきましょう。

「次第に溶け込む《自》/溶け込ませる《他》、徐々に移り変わる《自》/移り変わらせる《他》」の意味では以下のように使います。

「The sea seemed to melt《自》 into the sky at the horizon.
水平線の所で海が空に溶け込んでいるように見えた.」
(研究社新英和中辞典)

「Dusk melted《他》 the sky into a soft gray.
夕暮れになって空は次第に淡い灰色に変わっていった」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

更に感情が「溶けて移り変わる」こと、すなわち「和らぐ《自》/和らげる《他》」にも使えます。

「Her anger melted《自》 into pity.
彼女の怒りの感情は次第に哀れみに変わっていった.
Pity melted《他》 her heart.
哀れみで彼女の心は和らいだ.」
(研究社ルミナス英和辞典)

meltは実は遠いご先祖様まで語源をさかのぼるとmildとつながりがあります。感情が「和らいだ」ことを「マイルドになった」と言えなくもないのはそうしたつながりのせいでしょうか。

meltと食品

meltには食品を表す用法があります。チーズとその他の食材(肉や野菜など)をパンと一緒に加熱し、チーズがとろりと溶けた料理を「melt sandwich」と呼びます。

「その他の食品」によって呼び名が変化しますが、有名なのは鮪(まぐろ)あるいは鰹(かつお)を使った「tuna meltトゥナ・メルト」でしょう。(かつてはスターバックスの食品メニューの中にも「ツナメルト」がありました)

チーズではなくバターとmeltを組み合わせた慣用表現があります。

「look as if butter wouldn't melt in one's mouth」

直訳すると「口の中ではバターも溶けないかのような顔つきをする」となり、「とても親切で正直な人のように見えるが実際は違う」ことを意味します。英和辞典ではこれを日本語の慣用表現を用いて「虫も殺さぬ顔つきをしている」「猫をかぶる」などと載せています。

この英語表現は各国語ではまた趣の違う言い回しを使うようです。

独「Sie sieht aus, als ob sie kein Wässerchen trüben könnte.
(彼女は小さな川をも濁らせることができないかのように見える)」
(Collins)

仏「On lui donnerait le bon Dieu sans confession.
(信仰告白をしないとしても彼(女)は聖体を拝領できそうだ)」
(オックスフォード英仏辞典)

伊「Ha una faccia d'angelo.
(彼(女)は天使の顔をしている)」(Collins)

meltの仲間

動詞meltは現在では過去分詞がmeltedですが、古くはmolten(モウルテン)でした。

現代においてもmoltenは形容詞として、金属・ガラスが熱で「溶けた」とか、像などについて「鋳造した」ことを表すのに用いられます。

イギリスのバンドGenesisジェネシスが西暦1976年/昭和51年に発表した曲『Dance on a Volcano』の歌詞にmoltenが登場します。
https://www.youtube.com/watch?v=sjRQgTbbfwA

「Through a crack in mother earth, blazing hot, the molten rock spills out over the land.
(母なる大地の裂け目を通り、焼け付くように熱い状態で溶岩が溢(あふ)れ出て地面を覆う)」

また、この単語を会社名にした日本企業があります。各種のボールでお馴染みの「株式会社モルテン(英訳名:Molten Corporation)」です。同社はアディダスとの提携によりサッカーのワールド・カップ使用球に長年かかわってきたことでも有名です。

同社のサイトに命名の由来が載っています。

「moltenとはmeltの過去分詞で、"溶解する、鋳造する"という意味に加えて、"古いものから新しいものに脱皮する"という意味を持っています。」

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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