ツインレイという言葉について。

死と共に生きるということ。


今朝、ある夢をみて

夢の中で、考えていたこと。

日常の中で
プレイヤーになっている最中は
忘れがちになる感覚だけど

ふと、
『もうこの人に会うのは
これが最期かもしれない』と思うときがある。

だからといって
そう思ったからといって

一期一会の出会いの中では
なにかできるということもなく

ただ、ただ

お互いにその時間が
心地よいものであればいいと思うから

何かするよりも
その意識を持ちつつ
ただ、ただ日常の中に身を委ねている。

⚘…⚘…⚘…⚘…⚘…⚘…⚘…⚘…⚘…

世の中で

ツインレイという言葉が

流行り出したのは

いつからだろうか?

わたしが耳にしたのは

つい一年七ヶ月ほど
前のことだろうか?

魂の対の存在は、
たった1人のあなたの片割れ

そんなふうに
言葉だけが先行して

その言葉に踊らされる

そんな経験をしている方はいるだろうか?

かく言うわたしも
言葉の伝え方や、捉え方を
誤ったり、翻弄された1人なので
あしからず。

わたし自身は
そういったものは信じない人間で

漫画やドラマのような展開は
その世界の中でしか
起こらないと思っていた。

疑いに疑いをかけ

その言葉を知ってしまったがゆえに
パニックになり
不可解な行動もとっていただろう。

ツインレイだから◯◯というよりは

わたしは
次に好きな人ができたらこうする

と離婚したときに
決めていたことがあった。

だから、そうやって関わってみた。

おそらく普通の恋愛などの
ストーリー展開であれば

世にも奇妙な恋の仕方であり
不可解な『好き』
という氣持ちの生まれ方であった。

頭では理解できない感情と
身体と感覚は
あの人を『愛したい』と伝えてくる。

流れがおかしいでしょうと
何度も自分なりに分析と検証を重ねたけれど

証明できるものは
自分の言葉と行動でしかない。

そんなものは相手の受け取り方によって
信じてもらえなければ
なんの意味もなさないのである。

そこで証明できるかもしれないと
わたしが縋ったのが
『ツインレイ』という言葉だったのかもしれない。

世間では
このような概念があるらしいから。
だから、これで証明できるでしょう。

そんな浅はかな考えだったんだろう。

あなたに
わたしの氣持ちを伝えたいだとか
理解してもらいたかったのだろう。

今はそう思う。

そんな証明なんか
いらなかったんだよな。

そんな言葉に頼ろうとした
わたしが愚かだった。

愚かもの。

頭で理解できない感情と
証明できないこの氣持ちや

身体や感覚が
『あなたを愛したい』と思っている。

ただ、それだけでよかったのに。

今はもうあなたに
その過程や、氣持ちや
分析して検証したことによりは
答えの結果なんて

伝えたいとも思わない。

わたしがわかっていればいい。

わたしが知っていればいい。

あなたは知らなくていい。

知る必要もない情報だろう。

そんなものを伝えたところで

あなたが理解できなくても

知ろうとしてもしなくても

今の答えがそうなのだから
『ツインレイ』という言葉があるから

混乱させる。

みんな検証しようとする。

当てはめようとする。

外側に答えを探そうとする。

忘れたいのに忘れられないだとか、

ふと考えてしまうとか

もう毎日おかしいくらいに
それが続く。

頭が狂ってるのかと思うほどに
思考ではついていけない。

だけど感覚や身体が
『あなたを愛したい』と伝えているならば

それが
答えじゃないのか?

目に見えない氣持ちを
証明できるものは

運命の人が誰だとか
そんな、誰かに決めてもらうものではなくて

科学でも証明できないし
頭でも理解できない感情があって

それは恋のようなトキメキや
相手との叶えたいことを
考えてワクワクするような感覚だけではなくて

どんな時も考えてしまって
いろんな感情を感じたり、考えたりしている。

それが答えでも
十分すぎないかなと思う。

何を他に証明するものが
必要なのだろうか?

『ツインレイ』という言葉は
執着をうみ、
悲しさを増長させるように思う。

ただ純粋に人を『愛したい』という
氣持ちを弄んでるようにも思う。

拗れた人を余計に
拗らせるだけじゃないのか?

人は自分の信じたい情報しか信じない。
嫌なことは見ないふりをする。

自分の答えを見つけることよりも

まやかしの言葉を信じてしまう。

世間一般の中にある言葉を
あてはめて
信じて
現実との
ギャップに苦しみ、悲しむよりも

あなたはただ、ただ
起きた現実に悲しいと感じる

それだけでいい。

それを大切にするほうが
よっぽどいい。

ソウルメイトの方が
範囲が広いが

ツインレイは
範囲が1人に絞られてしまう。

だから、苦しみが生まれる。
逃げ場がなくなる。つらくなる。

苦しみが、生まれるならば
そんな言葉は信じない方がいい。

それが癒しになる時は信じたらいい。

間違えば縋ってしまうから。

この言葉は
扱い方や使い方が難しい。

むやみやたらに
使うものじゃないと思う。

わたしも使っているけれど
翻弄させてしまう可能性が高い。

エネルギーの強い言葉だから
使い方を間違えば、きっと洗脳して
コントロールすることさえできてしまう

そんな言葉のようにも思う。

ひとつの概念であることも知った上で
自分に取り入れてみるか、決めた方がいい。

せっかく地球にいるのだから
目の前にいる人を大切にしたい🥰

見えない世界も
見える世界もどちらも大切で

わたしは
いつか死ぬだからと
どうせなら

生きた証を残したい

わたしが生きた証をと

承認欲求がとてつもなく強い
わたしが感じていることを
今、ここに記しておこう。

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