【レビュー】1(忘)LDK@house next doors


『1(忘)LDK』は、鴨長明の『方丈記』にインスパイアされた作品だ。演出家・劇作家山田カイルが書いた指示書を元に、アーティストがソロパフォーマンスを創作するプロジェクトだ。抽象的な指示書は、多彩な解釈を可能にする余白を残し、アーティスト事にまったく異なる作品が生まれる。

今回は、初演からパフォーマンスを続けている野田容瑛と、国内外での活躍するダンサー・中間アヤカ初演の二本立て。

会場は、中間アヤカが神戸・新長田の長屋を改装して今年4月にオープンしたパフォーミング&ミーティングスポット「house next door 」。開放的な土間に新品の木材が敷き詰められた空間が、発表の舞台となる。

1(忘)LDK 中間アヤカver

 
 中間アヤカは、他人が初めて踊った時の記憶を元にダンスを立ち上げた『フリーウェイ・ダンス』(初演2019)や、KYOTO EXPERIMENT2023で京都市内の空き地に仮設の劇場を建設し、既存の劇場の構造を揺るがした「踊場伝説」を発表するなど近年の活躍が目覚ましい。

舞台には姿見や、壁に掛けられた銀色のマントがついた白いドレス、女子向けと男子向けの自転車のポスターが張られている。空気入れ、シルバーのヘルメットが置かれている。

作品がはじまると、パジャマ姿の中間は慌てて2階から降りてきて、持っていた酒瓶の中身をこぼす。彼女はぞうきんで正方形の形で拭き、残った水分が3mの空間を規定する。次に、うつ伏せで寝て休むなど、指示書に従い忠実に展開していく。

だが、3m四方の空間内に収束しない緩さもある。中盤、客席に介入し観客と共に空気ソファに空気を入れる。ヘルメットを被った中間は、向かいの建物に付けられたロープを持ってきて身体に縛り付け、宇宙空間を浮遊するかのように肢体を動かす。
 
 やがて、ヘルメット姿にマントの付いたドレスに着替えた中間は、建物の外にあった自転車を長屋に運び入れ、その場で自転車を漕いでいく。その姿は壁に貼られたポスターと重なり合い、女子と男子の両方のイメージが混ざり合った姿で、自由を求め宇宙へと旅立っていく。
 
 作品内のモチーフは、中間の過去作を想起させる。ヘルメットは「踊場伝説」を使用したものであるし、途中で膨らませる空気ソファも中間が昨年12月に発表した『Macaroni Or Cheese』でも使用していた。

また、冒頭の酒瓶はプログラムで中間が述べている、長屋の前住人が大酒飲で近所の人がよくこの長屋に運んでいたという記憶に触発されているのだろう。『フリーウェイ・ダンス』を思い出さずにはいられない。部屋に括りつけられたロープを長屋へ取り込む様も、『フリーウェイ・ダンス』の洗濯のシーンを想起させた。

中間はこれで衣装を洗濯し、ステージの上にロープを張って干した。

【公演レビュー】中間アヤカ&コレオグラフィ「フリーウェイ・ダンス」1/3(竹田真理)より

長屋の空間を活かした演出、さらに彼女の手法や小道具を用いて『1(忘)LDK』を作り上げた、実に中間らしい作品だ。

1(忘)LDK 野田容瑛ver

 
 野田容瑛は、台湾人の父と日本人の母を持つダブルである。野田容瑛verは京都、東京、神戸、台湾と再演し、その度に新しい要素が追加されている。

舞台に現れた上下の白いスエット姿の野田は、ブルーシートを広げ、3m×3mの空間を規定すると、マイクが繋がったラジオカセットにテープを装着する。作品はテープを3回繰り返し流すという構成。

ベースの音が響く中、野田は日本語の指示書を読み上げ、マイクに吹き込んでいく。次に薄い紙に漢字や絵などのモチーフを描く。ときおり、野田の幼少期や中国語に関する記憶をテープに吹き込んでいく1回目。

2回目、録音した指示書が流れる中、野田は指示書を中国語で読み上げていく。別のラジカセから台湾語の音声が流れ始める。さらに、紙をめくり、裏写りした紙の上に書き連ねていく。3つの言語、多様なモチーフは空間に重なり複雑性を帯びていく。

3回目、言語が入り乱れる中、野田は6枚の紙をマスキングテープでジグザグに張り合わせ、頭に巻きつけた後、場を整え終幕となる。

新要素は、背景に投影された同時翻訳機の存在だ。言語は飛び交うため、画面内が日文と中文が入り混じり混沌とする。その場で起こる複雑性をより際立たせる。

興味深いのは、アプリの性能がいまいちで翻訳が起こるところだ。たとえば、パクチー(香菜)は、傷つく(伤害)と翻訳される。

「声(嗓音)が聞こえますか」が、「おっぱい(山雀)聞こえますか」と変換されて、野田は思わず驚嘆の声をあげた。

翻訳機と格闘する姿は、中国語の発音の難しさを露わにする。さらには、テクノロジーの不安定さを暴き出す。そして、20歳の頃に初めて父の言語を学んだという彼女の出自を際立たせる。それは、ミスコミューケーションの問題にも結び付いていく。再演を重ねるごとに作品はより濃くなっている。今後の再演は決まっていないとのことだか、さらなる深化を予感させた。

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