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頭寒足熱と私

 「頭寒足熱」という言葉を母親が好んで口にしていた。頭部を冷たく冷やし、足部を暖かくすること。また、その状態。このようにすると健康によいとされる。新明解四字熟語辞典より。辞書の「また、その〇〇。」という文句はクセになる。

 学生時代には母親が足を温めるストーブを用意してくれたり、暖房の温度を勝手に下げてくれたりしてきた。そのせいで今でも勉強や作業をするときは頭が冷えていないと落ち着かない。

 今、親元を離れ雪国で独り暮らしをしている。畳の床にこたつ、積まれた文庫本、ノートパソコン。レシピ本やモネの画集。読んだ古本と読んでない古本。この家で暖かいものはこたつとマグカップの中のコーヒーだけ。私の部屋には露天風呂の心地よさがある、と最近気が付いた。窓を大きく開けてこたつに入る。頭寒足熱。母親の愛。

 縁側に腰かけてタバコを吸う。外に煙を吐いても、どうしても部屋へ入ってきてしまう。冬の夜はタバコがうまい、体は急速に冷えていくが、口の中だけがほんのり温かい。「頭熱足寒」、タバコは母親の愛から最も遠いものなのかもしれない、だからおいしい、嫌な世の中。

 何物にもなれない私を、何物でもないまま愛してくれる母親の愛。冬の深まりとともに冴えわたる頭で、私はそれを鋭く知覚する。

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