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死人が愛した狂い咲き

「えーと、あとは死後の食事についてですが、
 死後は空腹になるという事はありません。
 ですが生前にですね、
 食に関して強い娯楽感を持たれていた方である場合、
 娯楽としての食料が用意されておりますのでー、
 そちらの方でお楽しみになる事も」
「待て。」
「はい?」
「今なんて?」
「えー、娯楽としての食料が」
「いや、その前。」
「えー、食に関して強い娯楽」
「もっと前。もっと。」
「もっと?」
「死後は空腹になる事が無いとか言わなかったか?」
「言いましたね。」
「死後?」
「はい。」
「死後?その言葉の意味するところは、
 要するに俺が今、死んでいると?」
「死んでるも何もほら、そちら。」

目の前でよく喋るこいつが何処の誰だか知らないが、
その指で示された方を取り敢えず見てみる。

「綺麗に脳髄ぶちまけてますね。」
「うおっ!なにこれ!!」
「どう見ても生前のあなたの体ですね。」
「えっ!?じゃあなに!?
 俺は俺だけど、これは生きてる時の俺の体で、
 今の俺はこの体からサヨナラグッバイしていて、
 要するに俺はもう生きていない、死んでいるって事ですか!?」
「説明文付きの理解感謝いたします。
 ところでグッバイとか無闇に外来語使わないで貰えますか。
 一応今江戸時代なんですけれど。
 さっきの反応からして最初の『死者の心得』聞いてませんでしたね。
 それじゃあ最初からもう一度いきますよ。」

ところでお前さんは誰だいと尋ねたら、
お初にお目にかかります、ワタクシ死神でございます、だと。
こいつが言う『死者の心得』ってのは、
これから死人生活をするにあたっての諸々の決まり事らしくてな。
まぁ何処の世界にも掟や決まり事なんてあるもんだ。
一応きっちり聞いておいてやるか。

とか思ってじっとしていたら、どうにもこの話が長すぎる。
あれは駄目だの、これは駄目だの。
近くの木から木の葉が四枚も落ちる頃にはすっかり飽きた。
飽きたからそれまでは目を背けていた俺の亡骸を見やる。

綺麗に頭を打ったものだ。中身が出てる。
それにしても一体何で頭を?地面か。
でも何で地面で頭を?

周りをくるくると見渡してみても他に誰も居る様子ではない。
そうか、崖か?
よく見なくても俺の亡骸の近くに丈の高い崖がある。

思い出して来たぞこの野郎。
そう言えばあの崖の天辺に手をかけていたら手を滑らせて。
成る程成る程、そりゃあ綺麗に死ねる訳だ。
それにしても、何であんな所に俺はいたんだ。

あー…思い出して来たぞ。

「えーと、死人の用を足す事についてですが、
 死後は用を足す必要が無くてですね、
 ですから厠もございません。
 しかし、趣味嗜好の関係でその様な行為を好まれる方は」
「おい。」
「はい?」
「この山の紫色の花の噂を聞いているか。」
「なんですかそれ。」
「この山の上の方に咲く紫色の花をだな、
 十輪積んで、それを枯れた草木の根元に植えれば、
 枯れた草木が生き返るってんだ。」
「へぇ、初耳ですね。」
「はつみみだと!?」
「それデマですよ。死神の間でもそんな話聞きません。」
「…俺思い出したんだけれどよ。
 あそこの崖の、あの頂きの下に生えてる紫の花、見えるか?」
「はぁ、見えますね。」
「あれを取ろうとしてさ。
 それで手を滑らせて御陀仏…。」
「…スミレ、ですね。」
「………。」
「唯のスミレですね。」

情けなや。
とある男、何の変哲もないスミレを取ろうとして御陀仏とは。

「それにしても、先程の話は?」
「を?」
「枯れた草木を蘇らすとか何とか。
 アナタの人相は草木を愛でる心優しい輩にはとても見えないのですが」
「てめぇの言葉は毒だな。
 耳から入って心を腐らしてくれるな。」
「何か枯らしたくない草木でも?」
「……まぁ。」
「興味深いお話ですね、是非お話をお伺いしたいです。」
「死神ってのはあれか、若い女と変わりがねぇな。
 人の事情にホイホイ首突っ込んでくるんじゃねぇよ。」
「死神なんて死んだ人の魂の世話をするだけ、退屈な身分です。
 興味深い話は逃がさず取って食う、が我々の生き方ですよ。」

へーへー判りましたよ。
ここで出会ったのも何かの御縁。
死にたてほやほやのこの口で、
嗚呼親切丁寧語ってしんぜよう。
かくかくしかじか。

「桜?」
「俺も口の軽い男だ。」
「ほほう、最近は花の付き具合が悪いと。」
「五、六年前までは本当に勢い良く咲いてたんだけどな。
 最近はからっきしに元気がねぇ。」
「へぇ、興味があります。その桜のある所に行きましょう。」
「おいおい、桜を見に行くたって結構な道だぜ。
 今はもう日が傾き始めている。
 お前さんの仕事はどうなるんだ。」
「先程も申し上げた様に退屈な身分でございます。
 さぁ、その桜を見に行きましょう。
 その道すがら『死者の心得』の続きを喋らせて頂きます。
 ご安心下さい、きっと桜に辿り着くまでは終わりませんよ。
 なにせまだ半分も終わってませんので。」
「うへえ」

死んだ男の言葉に偽り無し。
随分と歩いた道の先に一歩の桜が立っていたが、
春だと言うのに花の付き方が弱い。
それまでの道中で目にした桜の木と比べても、やはり弱い。

「俺が思っていたよりも早く着いたな。」
「死人は体がかるうございますのでな。」
「ところでこの桜だ。」
「なるほど。」

死神が掌でぺたぺたと桜を撫でてみる。

「確かに。」
「どんな塩梅だ?」
「弱っていますな。」
「やはりか。
 どうにかならねぇものか。」
「この桜を枯らしたくなかったんですね?
 それで恰好の悪い事に崖から落ちて死んだと。」
「黙れよ。」
「で、どうしてこの桜に肩入れを?」
「タダで聞かす程お人よしじゃねぇな。」
「といいますと。」
「話しの代わりにこの桜を良くする方法を教えろ。
 死神だろ、そんな方法の一つや二つ、知ってる筈だぜ。」
「取引にしては下手ですね。
 アナタは死人、私は死神。立場を弁えなさい。
 私は別にアナタの事情で暇を潰さなくて良いんですよ。」
「ちっ」
「まぁ、意地悪はそこそこに。
 取り敢えず、事情を聞きましょう。」

二度目のかくかくしかじか。

「なるほど。」
「おい死神。アンタ死神だろう。
 この桜をどうにかする術位知ってるだろう!」
「えーと、どこまで行きましたかね『死者の心得』。」
「おい、はぐらかすか!」
「えーと、確か次は『死に者狂い』ですかね。
 生きてる人間の間にも『死に物狂い』と言う言葉はありますが、
 これは元々死人、死神の言葉であります。
 死んだ者が生きている者の為に頑張る制度がありましてな。
 どうします、このまま続きを聞きますか?」
「お、おう聞かせろ。」

人と言うのは死んでしまったら黄泉の世界へと行かねばならず
それ故に生きてる人間との接触が皆無になります
これは死んだ直後からそうなのですが
実のところ この世の全てに接触は愚か
介入も何もかも出来なくなります

しかし 一回だけ

死んだ者が生きてる者の為に頑張る事が許されています
この時だけはこの世への介入が可能になるという訳です
しかしどれ位介入できるかはその場に居る死神の裁量で
まぁ 大抵の死神はへそ曲がりでございますから
何とも意地の悪い限度を構え
その度死人は血相変えて狂ったように西へ東へ奔走するので
この様を見て我々死神は

「『死に者狂い』、と。」
「御託はもう良い。で、桜を良くする方法は!?」
「先程の山ではありませんが、
 ここ近辺の山にある仙人が居るとか。
 その仙人は人間は嫌いですが草木には慈悲深いらしく」
「要するにその仙人様にならこの桜をよく出来ると!?」
「せっかちですね。」
「どの山に!?どの山にその仙人様は!?」
「えーと、」

と、死神は地面にかがんでくねった線を引き始めた。

「この山を越えて、この山も越えて、
 そしてその先のこの山も越えた次の山の頂上に!」
「遠いな!」
「あ、ちなみに明日の朝日が昇ると同時にアナタの魂、黄泉行きです☆」
「うお ちょ おま」
「死人の体は軽いと言えど、
 走らないと間に合いませんよー!」

大抵の死神はへそ曲がりでございますから
死人は血相変えて狂ったように西へ東へ奔走するので
この様を見て死神は 『死に者狂い』 と
そう呼ぶのでございます

「頼もう!頼もう頼もう!
 そろそろと月が昇る頃合いだが失礼を承知で頼もう!
 この山の頂に仙人様がおいでになると聞いたので、
 馳せ参じつかまつった!」

夜の風が唄うばかり。
仙人らしき声も聞こえず、
唯死人の声が空しく夜月に溶けるだけ。

「頼もう!拙者は人間だが、
 用要りであるのは桜の木なり!
 その桜の木、ここ数年春に葉を十分に付ける事も無くば覇気も無く、
 捨て置けずに何とかしようと、仙人様の所へ参った!
 頼もう!仙人様は何処か!!」

それまで左右でざわめく風の音達が、すぅっと波が引く様に遠ざかり、
木の葉が一枚だけ地面に落ちる音の様な、
微かに耳に聞きとれるような音が、男の背後で鳴った。

「夜更けに人間が桜の事で騒ぎ立てるとは好奇なり。」
「!!」
「しかも死人か?」
「仙人様か!」
「『死に者狂い』か。
 人間にしてみたらたかが桜よ。
 その事で何故わざわざ『死に者狂』う?」
「全てを話すには少しばかり時間を頂きたく!」
「申してみよ。」

かくかくしかじかっ。

「成る程、話しを聞いた上で、その心お受けした。
 両手を出すがよい。
 今からそなたの両の手にわしの加護を分け与えよう。
 その手で話しにあった桜の木を撫でれば良くなる。 
 日が昇るまでと言ったか。
 死人の貴様が走って間に合うかどうか。

 『死に者狂い』で走るがよかろう!」

夜道に獣はつきものだども、
狼でも狐でもやってこい。
こちとら死人だ今更何を恐れる事があろうや。
怖いのは地獄の閻魔様ぐらいよ。

しかしそれ以上に怖いのは、今は朝日。
天道様、今日ばかりは少し遅く御歩きになって貰えやせんかね。
それが駄目と言うならな、
山の間から出した御顔を少しの間暗くしといてくだせえ。

後生であります、
死人が言うのも可笑しな話ですが、後生で。

ご覧下さいな、最早走り過ぎで口から五臓が飛び出る間際。
腹に穴があいて六腑も道端に躍り出てもおかしくありゃあせん。
もう目の前に道があるのか、それが果たして道なのか、
とにかく歩きやすい所に飛び乗って地面を渡る塩梅でさあ。
息のしすぎで頭が浮かぶ。
狂っちまうぞ今宵のうちに。

月は大層元気が良いのかまぶしい程だ。
男が離れてどれくらいの時間が立ったのか、
まだ朝日は昇ってこないが、まだ男も帰ってこない。
さてさて、間に合うかどうか、
等と思いながら桜の木の根元に死神が腰かけていたら、
ついにタッタと人の足音が聞こえてきた。
こんな夜更けも終わりがけ、
山賊にでも追われていなければ出せぬ足取りの音なれば、
一体誰が走って近づいてきているのか、死神には見当がついた。

「随分早いお帰りで。
 朝日にはまだもう少しはや

 おおっと。」

ぜひゅー、ぜひゅーと喉に引っ掛かっている物を吐く様な息を立てながら、
男は根元の死神を横へとはたき、
力の残る限り桜の木に抱きつきすがった。

「これは見事、」

男の手が桜の木の腹部を一撫でする度に、
ぶわり、ぶわりと、
周りの木に少し遅れて桜の木が咲き始めた。

木の肌をまるで押しのけるように蕾が顔を出し、
それを守る桜色の葉がふわりと出張る。
その勢いは死に際にのたうつが如く、
生きる事に狂っているかのよう。

「本来の意味とは違いますが……。
 これぞ狂い咲き、言いたくなりますな。」

男は十分に咲き終えた桜を見るや、
ごろんと地面に大の字を作った。

「はっはっは、あの山々をよくも行き来出来ましたな。
 しかもこの短い時間に。」
「どれだけ飛んで跳ねたか覚えておらん。」
「ははは…。
 好いた女子との約束ですか。 
 毎年春はこの桜の狂う様を見に来よう、などとは趣深い。」
「黙れ。」
「桜の咲き狂う様を見ておれば、
 自分達が惚れあう様も狂う程度がまだ低い、とは。
 それは桜が怒りましょう。
 自分が死んで、好いた女子が惚れこんでいた桜も枯れれば、
 どれだけ女子が悲しむ事か。
 桜は桜。アナタはアナタ。
 アナタが死んで、娘が悲しむ事に変わりは無いと言うのに。」
「俺も男だ。
 思い出が生きる場所位は守りたい。」
「    やはり人は面白いですね。」

山が男に肩入れしていたのだろうか。
押さえていた山をまるで振り払うかのように、
朝日が実に勢いよく山際から差してきた。

「おい。」
「はい?」
「朝日が昇ったぞ。」
「そうですね。」
「俺が黄泉に行く気配が無いぞ。」
「そうですね。」
「貴様、嘘をついたのか?」
「我々死神は殆どへそ曲がりと言いませんでしたか。」
「貴様……」
「いやぁ、朝日に照らされる桜もまた美しい。」
「ごまかすな。」
「ん。
 昨日一晩のうちに咲いた桜が呼んだんですかね、
 誰ぞ一人若い娘が来たようですよ。」
「………。」
「顔見知りで?」
「男なら美人な女の顔は死んでも覚えてらあ。」
「惚れた女なら尚更ですか?」
「てめえは本当に。」
「…ここまでにしましょうか。
 見事な『死に者狂い』でございました。
 残りの『死者の心得』は黄泉への道すがらお話します……。」

では道すがらかくかくしかじか、
かくかくしかじか……。

そうして男が黄泉へと下り、
残した桜の下へばったり、
死神が二人、御挨拶。

「おう、これは死神殿、おひさしゅう。」
「これはこれはアナタも死神殿おひさしゅう。
 隣町から散歩でございますか?」
「こちらで見事な桜が久しぶりに咲いたとか。
 それを見に来たのだが、これは何とも見事な狂い咲き。」
「でしょう。」
「…聞けば『死に者狂い』でこうなったとか?」
「ええ、まぁ。」
「どうせまた意地の悪い事でもしたのであろう。」
「死神聞きの悪い。貴方様程ではありません。
 ただの暇潰しをしただけ。」
「そうそう、唯の暇潰し。
 我々死神、ほとほと退屈な身分故でなぁ。
 狂ったように駆けまわる死人を見る位しか暇の潰しは無いもので」
「ええ全く。それに、」

死後は死人の踊り時でございますから
我々 別段意地悪などはしておりません

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