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死ぬまで待てない ④

こちらを聞きながら書きました。
良ければ聞きながらの読書をどうぞ。

Persona 5 OST - Price [Extended]

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人の心は蔵の如し。
誰の目にも触れぬ覗けぬ、
恥も欲も仕舞い込む。

警察へやってきた須藤と名乗る女、
開口一番何かと思えば、
件の男、片岡陽平は誰かに殺されたと口走る。

事は既に警察がまり子への詳しい取り調べを始めようとした直前、
一体何かと警察は須藤を囲い込んだ。

須藤の主張は判りやすい。
つい最近乗り換えの手続きを終えた片岡陽平は、
この須藤と言う女にもその事を教えていただけでなく、
死亡した九日の二日後に会う約束をしていたらしい。

「ちゃんと証拠だってあるんだから、見てよこれ!」

最近若者の間で使用される通信ツール、
『プラズマ』のレーザー画面を須藤が開くと、
片岡陽平名義のアカウントとのやり取りがある。

「ほらココ、
 十一日には新しい体で会おうねって!
 ヨーヘイちゃんは乗り換えする気満々なのよ、
 それが自殺!?そんな訳ないじゃん!
 あのババアに殺されたんだってきっと!」

須藤と会う度に片岡陽平は妻の悪口を言っていたらしい。
ならばと須藤は離婚するよう迫った事が何度もあるらしいが、
陽平がそれに応じる事はついになかったという。
妻が乗り換えた先の身体も病弱だから見捨てる事は出来ない、
仮にも何十年も夫婦をやると変な情が沸くもんだ。
毎度片岡陽平はそう言っていたらしいが、
須藤にしてはそれが歯がゆくて仕方なく、
そう言われる度に自分との破局を迫ったが、
片岡陽平の様々な手口で結局宥めすかされていたとの事。

「絶対にあのババア気付いてたよ、
 私がヨーヘイちゃんと浮気してるって!
 だってクリスマスイブの夜に一緒に居た事もあるんだよ!
 この意味わかる!?あたしがヨーヘイちゃんを!
 本来家族団欒の日取りにババアから奪ったの!
 その時にヨーヘイちゃんがどんな言い訳したか知らないけど、
 女なら気付くもんなんだよ、たとえババアでも!」

警察は須藤のクリスマスには興味は無い。
とにかく須藤さん、
片岡陽平氏とのプラズマでのやり取りを照合しますから、
ちょっとお時間をくれますか。
香水の匂いが立ち込める部屋を出た若手がドアの向こうでせき込み、
それを耳にした須藤が強く舌打ち。
部屋に残った警察の一人が思わず窓に手をかけると、

「今日の外、アホみたいに寒いから開けないでよ」

と須藤が睨みを利かせて吐き捨てた。

なるほど、照合してみると確かに正しい、
須藤の言っている通りだ。
片岡陽平が登録していたプラズマのアカウントで、
確かに須藤と同じ内容のデータがやり取りされている。
しかも件の逢引きの約束をしたのは九日、
時刻は午後五時前後、しかも通話記録まである。

それを聞いて警察の一人がピンとくる。
検視および解剖結果は「情事の後の身体だ」と言っていた。
死亡した日、片岡陽平は妻との性行為の後に身体を洗っていない。

ありうる事だろうが、
果たして頻繁に起こるだろうか。

片岡陽平は裕福、金持ちだ。
裕福な人間はその多くが身なり等に気を付ける傾向がある。
富裕層繋がりの社交場で身なりはかなり重要だ。
のみならず、富裕層は異性と会う時にはかなり注意を払う。
警察に怒鳴り込んできた須藤だが、
彼女以外にも片岡陽平には女性関係はあると考えてもおかしくない。
そうなると自然に自分の体臭や清潔の事に更に神経質になるものだ。
それが不倫や浮気をする人間の後天的な習慣である。

妻のまり子が家を出たのは四時半、
須藤と連絡を取り合ったのが五時前後、
死亡したのが六時。
妻のまり子と性行為後に起きていなくとも、
須藤と通話連絡した記録は残っている。
妻まり子の外出後の一時間半、
身体を洗う為のシャワーもなにも浴びてないと?

須藤と片岡陽平の通話時間はとても短い、
二日後に新しい体でのデートを約束した須藤が興奮し、
通話をかけたが眠いからとすぐに切られたと憤慨していた。
起きていたなら身体を洗う暇はあった筈。

ピンときた警察の一人がまり子に電話をかける。
もしもし、つかぬ事をお伺いしたいのですが良いでしょうか。

「セックスのあとですか…?
 割とすぐにシャワーを浴びて身体を洗う人でした。
 何しろせっかちな人でしたから……。
 でもあの日私がコンサートに行く前にシャワーを浴びる時、
 一緒にどう?って誘ったのですが、
 まだ眠るから俺は良いって……」

電話を切った警察が捜査部に情報を入れると、
一つの結論が出た。
片岡陽平は自殺である。

片岡陽平は三月九日に死亡した。
その日中に妻のまり子と性行為をした後、
コンサートに行く妻とベッドの上で別れる。
その後、浮気相手の須藤と連絡を取り、
ファーカミ14を服用した後死亡。

片岡陽平は性行為後にシャワーを即浴びる習慣があったにも拘わらず、
それを死亡当日にしなかったのはミスリード誘発の為だと考えられる。
老体故に起きた激しい性行為での心臓発作とみせかけたかったのだろう。

だが性行為後だった為か、
氏の指先にファーカミ14の印字転写が起こった。
シャワーにも入ってない為落ちる事が無い。

しかも件の須藤が警察に来て全てを話したため、
片岡陽平には三月十一日までに死ぬ段取りがあったと判明。
人間の自然死はあくまで偶発的なものだ。
全ては片岡陽平自身が仕組んだ計画的なもので、
心臓発作を誘発するファーカミ14も、
なんらかの経路で入手したと考えられる。

これらの事から以下の事が考えられる。
死亡した片岡陽平は乗り換え紐づけが完了する九日、
せっかちな性分から自死するつもりだったと考えられるが、
残る問題は死亡時刻である。

いかにせっかちと言えど、
死亡推定時刻と紐付け完了時間には一時間の差がある。
人間が一時間を間違えるのはかなりの事だ。
この一時間の差は一体なにか、
と思って警察が色々調べている中、
片岡夫妻の寝室の時計に目がいった。
デジタル表記の時計である。

片岡陽平が腕に付けていたヘルススキャナーの記録では、
午後六時を少し過ぎた頃まで寝ていたとある。
その後に覚醒して、数分後に脈拍停止。
推測されるに、覚醒後すぐにファーカミを服用しただろう。
寝起きでデジタルの8の字を、
9に見間違えたのではないだろうか。

セキュリティーを調べた結果、
四時半以降の片岡邸の出入りは妻のまり子以外に無かった。
他の誰も片岡陽平に意図してファーカミを飲ませる事は無い。
片岡陽平がファーカミを飲む経緯は推測の域を出ないが、

「その他の部分はデータが確かにあるので、
 間違いないかと……」

警察が片岡邸を訪れ、まり子に全てを話した。
一言も挟まず話を聞ききったまり子は目を閉じ、
暫く口を閉じたままだった。
警察もその様子を見て黙ったまま。
内容はどうあれ、自分の夫の死の経緯を聞かされたのだ。
思う事は様々であろう夫人に、何を急かすでもない。

暫くしてまり子はため息を一つ吐き、
もう暗闇での思慮は十分満喫したのか、
少しだけ潤んだ瞳を静かに開けた。

「あの人、
 新しい体で遊び回る夢でも見たのかしら……。
 目もそんなに良くなかったから、
 きっと脳が8を9と読ませたのね。
 人間は自分の欲するものを見ると聞いた事があるわ。
 私は老いた身体でも貴方が好きよって言ったのに、
 あの人、本当にせっかちだから……。
 紐付けさえ出来れば乗り換えできるんだよな、
 あー早く死なないかなって、
 それは冗談で言ってると私は思ってて、
 それがこんな事になるなんて、
 ここまでくるとあの人のせっかちも呆れたものだわ。
 普通に死ぬまで待てなかったのかしらね……」

各所に片岡陽平、自殺の報が行きわたった。
乗り換えが行われない自殺となった為、
違法扱いにはならず、
清水の店も看板を汚す事無く一段落となった。

胸を撫でおろした清水、
さぁ、これからもボチボチ店を続けて行こう。
気分もスッキリとし、
店舗内のコーヒーメーカーも再稼働し始めたある日、
店のドアをある客がくぐった。

「いらっしゃいま……え!」
「どうも」
「片岡さん」

片岡まり子、
件の陽平氏の妻である彼女が再び来店するとは思っていなかった。
清水は慌てふためく、何か不満を言いに来たのだろうか、
今回の事は事故の様な自殺とは言え彼女は妻だ、
内心は計り知れない悲しみを抱えているだろう。
そのはけ口として、何か恨み言を言いに来たのか。
忘れかけていた痛みが清水の胃を襲う。
清水の眉間がぐいと寄る。

「あっ、違うんです」

その皺を見て慌てたのはまり子の方。

「この度は、うちの陽平の件で御迷惑を……」
「いえそんな……この度は御愁傷様でした……」
「本来なら清水さんに余計な迷惑は掛からない筈が……。
 色々心労もかけましたよね、大丈夫でしたか?」
「いえ、そんな大した事は……。
 あの、コーヒーで良ければお淹れしますが如何ですか?」

カウンターの上にコップが二つ。
中の液体は白と黒が混ざり合い、
砂糖の粒がかくれんぼ。

「……というのが今回の経緯で……。
 すいませんうちの陽平が……」
「なるほど……いえそんなそんな、
 そうですか……そんな偶然があったのですね……」
「それで、これ……」
「え?」
「少なくて恐縮ですが……」

カウンターの上にまり子が封筒を手早く差し出した。
封筒の腹はかなり膨れ上がっている。
その形は長方形、決して丸などではない。
形状とその厚さから清水は全てを察して慌てた。

「いや、いやいやいや!
 駄目です駄目ですこんなもの、受け取れません!」
「御迷惑料として用意してきました」
「いえいえいえいえいえ!迷惑も何も、
 結局キャンセル手続きもなさらなかったじゃないですか!
 元々貰える御代は全て頂いているので――」
「それは勿論お払いするつもりでした、
 とても丁寧に対応頂けたので当然の対価で、
 これはまた別に、こちらがかけた御迷惑の清算を―」
「いえいえいえいえいえいえ!本当に!あのですね!
 いや、受け取る訳には参りません、
 実際に迷惑など――」

迷惑はかかった。
清水は確かに胃を痛めた。
余計な心配もした。
しかし結局自死と言う結果に納まり、
店としても影響は無いだろうとの見通し、
清水個人の心の動きは商売とまた別の話。

「清水さん、実は……」
「はい……」
「……陽平が不倫をしてたのが……」
「はい、その、須藤とか言う……」
「それだけじゃなくて……。
 他にも多数……結構な人数がいるんですよ。」
「はぁ……。」
「これから全部、裁判でガッポリいく予定なんで……」
「ええ………」
「この程度のお金、はした金なんで……。」
「えぇ………」
「どうか取っていて下さい……。
 お金と健康はあっても困らないでしょう?」
「えぇえ……」
「はい、はい!」

封筒はまり子の手によってカウンターの上を滑り、
清水の胸元に子猫のように飛び込んでいった。
思わず清水も両手でそれを受け止めてしまったが、
いざ手にしてみるとかなりの重みがある。
一体幾らがこの封筒の中に入っているのだろうか。

「あわてんぼうが残したおこぼれだと思って、取っといて。
 あの人も清水さんの丁寧な対応に喜んでたわ。
 悪い、これでチャラにしてくれ、って、
 私が代わりに、ここで言う。ふふっ。」
「――では、有難く頂いちゃいます」

封筒を膝の上に置き、
カウンター越しに清水は頭を下げた。
下げた顔の前には膨らんだ封筒がある。
思わず邪な考えが頭をよぎる、一体幾ら入ってるんだ。
パンパンじゃねぇか。
こないだ喰ったマグロのカマ焼きより膨らんでやがる。

「本当馬鹿よね。」

声は合図、もう頭を御上げなさい。
まるでそう言いたげなたおやかな口ぶりで、まり子が言う。

「そんなにあの身体が嫌だったのかしら……あの人。
 馬鹿ね、老いてるからこその楽しみもあったでしょうに。
 本当せっかちよね、
 ちゃんと死ぬまで待てないなんて――」

人の心は蔵の如し。
誰の目にも触れぬ覗けぬ、
一度しまえばこじ開けられぬ。

人の言葉は御簾の如し。
隙間がまだらに相手を見せるが、
その全ては判らない。

目の前の片岡夫人はその言葉に何を込めたのだろう。
ちゃんと死ぬまで待てないなんて。

清水とまり子の間にある二つのコーヒーだけが、
緩やかにその熱を冷ましていった。
外はまだ、寒い風が吹きすさぶ。

春がせっかちでもない限り、まだ冬の空。

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