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死ぬまで待てない ①
古今、死は命に差別なし。
何時の時代も生きてる限り死は怖い。
だがある時ついに死を免れる技術が完成した。
老いた身体を捨て去り、
新しい体に乗り換えるという。
その技術が開発されたのは『魂』の確認から三十年後。
2000年代は在るか無いかもあやふやだった魂という概念、
これが実在するという事が学術的に証明されたのが発端、
各国の技術者はこぞって魂の移動や保管に躍起になった。
当時の週刊誌に言わせればその技術者のうち、
何人が望んでその研究を行ったのだろうか疑問であるとの事。
彼らの殆どは目もくらむような大金を持つ権力者から依頼され、
あくまで仕事と割り切り研究をしたという話だ。
一体どこまで本当かは知らないが、
それらの研究が今の『乗り換え』技術を産んだのは事実だ。
『乗り換え』は人工の新しい肉体を作り、
そこに魂を移動させる『欲望の技術』である。
人間ならば死にたくないと誰もが思う。
大金を持ち、贅に浸った人間程そう思う。
死なない為に緩める財布はボロボロ金を落としてくれる。
ビジネスの形態は食から物、
物から情報、
情報から心、
心から生死と移り、
現状が恐らく最終局面であると言われている。
だが時代と共にビジネスがどう変わろうとも、
人間の根幹は変わらない。
とにかく人は死にたくない。
清水という男もそんな人間を相手に商いをしている。
『死にたくない人間』としてやってくるお客様に、
『新しい体』と『魂を移す技術』の販売を仲介し、
日々のメシにありついている身分だ。
そんな清水の店に本日やってきたのが片岡夫婦。
夫は陽平、妻はまり子。
妻のまり子は早くに病で前の体が駄目になり、
新しい体へ魂を乗り換えていた。
「そろそろ僕の方も新しい体にしようと思ってて」
夫の陽平が店のカウンターに肘を突きながらそう話すが、
はて、一体何があったのだろうか。
そう思ったのは清水の方である。
妻の方が既に新しい体に乗り換えているのなら、
以前に世話になった店舗にまた出向けばいいものを。
妻のまり子の身体を見ても相当上等なものだ。
魂の乗り換えサービスに関しては問題ないと見える。
そうなると接客面で余程下手を打ったのだろう。
どうかそのまま接客下手であってくれ。
こちらに客が流れる機会を絶やさぬ為に。
「予算はどれ位を考えておられますか?
なるほど、それでしたらこちらから選べますね。
こちらのイメージに映し出されているオプションの中で、
ええ、ええ。」
カウンター越しに清水の商魂が光る。
身長も体重もお客様のご希望通りですよ、ええ。
過食小食、御好きなように。
花粉症対策オプションですか?
成る程お客様、結構苦労なされたご様子で。
大丈夫です、今シーズン料金で30%引きですよ。
顔立ちも勿論思うがまま、奥様ともよく話し合って下さい。
それと皆様恥ずかしがってあまり言い出されないのですが、
性器の方の詳細設定も折角なので手掛けましょう。
やはり若い身体で奥様と楽しめる方法は多い方が良いですよ!
海外だとまずそこから決める方も多いのですが、
日本人はなんというか、奥ゆかしさがありますから。
ええ、では御手数ですが後程メールを飛ばして頂ければ、はい。
清水の方も慣れたもの、この仕事を始めて八年が経つ。
八年も客を眺めていれば相手がどんな人間かも判るものだ。
判るものだ、などと偉そうな言葉を使ったが、
そもそも来客する人間に多様性は余り無い。
『乗り換え』の高額な費用が客を選別にかける。
来客は上品な人間が自然と多くなり、
その上殆どが老人達で、難病を抱えた人間もたまに来る。
面白いのは、
やってくる老人達は決まって夫婦であるという事だ。
少なくとも、清水の店に独り身の老人が来た事は無く、
皆二人一組で店のドアを開ける。
だが、顔色。
「次はどんな体にしようかなぁ」
とニコニコしている伴侶の横に座り、
これはどう?と提案をしてくる場合は夫婦仲良好。
おや?と夫婦仲を疑うパターンとしては、
パンフレットに目を通してはいるが一切口を挟まない伴侶。
あくまで清水の経験則からくる予想ではあるが、
その精度はあながち悪くないと自負している。
この片岡夫妻はどうかというと、
妻のまり子がこれはどう、あれはどう?と語気も弾みがち。
それを夫の陽平が、
「ちょっとちょっと、僕の身体だよ」
と笑いながら諫めている。
ははぁ、これは『乗り換え』た後も良い夫婦になりそうだ。
片岡夫婦の盛り上がり方を伺いつつ清水の商魂も燃え滾り、
あれもこれもとオプションを勧め、
終わってみれば何とも豪華な注文を付けて商談成立。
これは翌月の振込みに期待できるぞ、
と心の中でほくそ笑む清水。
「ありがとう御座いました。」
お金を落としてくれた事に対して敬意を払う。
他にもある『乗り換え』出来る店舗がある中、
ウチを選んでくれてどうも有り難う御座いました。
暫くお金の心配をしなくて済みます。
清水は暫く頭を深く下げ続けて片岡夫婦を見送った。
乗り換え用の人体作成には一か月かかる。
更に新しい肉体と魂の紐づけをして、
死後に魂が新しい肉体に無事移動すればサービス完了。
あとは文字通り第二の人生をお楽しみ下さい、
と言った具合に清水の仕事は終わる。
清水にとって今回の商談は良いものだった。
陽平自体もまだ若く、
新しい肉体を用意している間に急死するという可能性も低い。
その場合は法適用でキャンセルが発生してしまい、
支払われるキャンセル料金も殆ど元会社が持って行き、
清水の手元には雀の涙しか残らない。
このケースが一番業界で危惧されている事故で、
清水も一回だけ痛い目を見た。
しかしまぁ、あの旦那の様子を見るにそんな事は無いだろう。
老いて皺は多いものの肌の血色も良く、
足腰もしっかりしててシャキシャキ歩いていたんだ。
大丈夫大丈夫、金はしっかり入ってくる。
そうこうしているうちに一か月が経ち、
片岡の夫、陽平の為の新しい肉体が完成し、
紐づけをする為に施設への案内メールを清水が飛ばす。
清水と夫婦立会いのもと施術が終わり、
後は死ぬだけ。
「と思われる方も多いのですが、
紐づけの定着に暫く時間がかかりますので、
どうか飛び降り自殺なんてしないで下さいね!
紐づけが完了する前に死んじゃうと、
新しい人生を天国で送らなきゃいけなくなりますから」
これはいつも清水が言うの説明文句だが、
軽い冗談が随所に入っている。
現状の法律で『乗り換え』の為の自殺は禁じられており、
自然死、病死以外の死の末に乗り換えた場合は裁かれる。
これは過去に乗り換えによって身元をくらます事件が多発した事や、
「自殺ゲーム」という他人の目の前でわざと自殺する、
そんな非道徳的な金持ちの遊びが横行したからだった。
事故死に関しては『本当に事故なのか』の検証が難しく、
毎度ニュースにも取り上げられている。
施設を後にした清水がやれやれとため息を吐く。
新しい体に浮かれ気分な陽平と、
その横で今後のデートの提案をするまり子。
独り身の清水には見ていて頭が痛くなる光景だった。
紐付け完了目安は三月九日の午後七時丁度。
ですがくれぐれも早まった自殺などはしないで下さい、
と文面で釘を差し、サービスとして最後のメールを送った。
数日間寝つきの良い日々を送った清水。
正直、誰が生きようが死のうが勝手にしてくれ。
こっちはあくまで商売だ、
客に満足して貰えればそれで良い。
三月十日、今日も良い朝だ。
大学の頃から飲み始めたコーヒーを淹れ、
いつもの出勤時間通り朝九時、
店舗のデスクについてみるいきなり電話がなった。
「お電話有難う御座います、
清水人体転換社です」
『あ、もしもし。
株式会社クロッカスの倉知ですけど』
「あ、どうもお世話になっておりますー」
『今出社されたばかりですよね』
「そうですそうです、はは、タイミングばっちりでしたよ」
『早速で悪いんですが、悪い話が。
片岡陽平さんが昨日突然死されました。』
「………すいません、もう一回」
『昨日の三月九日、時間帯はまだ不明ですが、
心臓発作で突然死されたらしいです。』
「……乗り換えは?」
『……それが紐づけが完了してない時間だったらしく……』
「……単純死ですか?」
『他の会社で乗り換え紐づけしてたとも聞いてないので、
単純死で間違いないかと……』
心臓発作。
心臓発作?
いや、確かに片岡陽平は老体だった。
しかしあの血色、あの健康、
心臓発作のメカニズムはよく知らないが、
そんな事があるのか、あの身体で……。
「あの、こんな時に不謹慎なんですが、
今回の契約料諸々は一体どんな感じに……」
『現状心臓発作と聞いてるだけで、
詳細はまだなんとも言えないですね。
しかし乗り換え自体はされてないので、
キャンセルとして申し込まれても、
こちらはしょうがなく飲むしかないかなと……。
片岡陽平さんは死んでますからね……。』
「そうですよね……」
その後、清水の元に追加の一報が入る。
片岡陽平の遺体が司法解剖に回されたとの事だった。
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