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漫画『ONE PIECE』の歴史は長い。
1997年の連載開始から今もその熱は続き、
単行本は97巻を数え百巻の大台が目の前だ。
主人公ルフィを含む麦わらの一味が越えてきた激戦の数々。
20年の歴史の中でファンが名場面と挙げる戦場も様々ある。

例えばアラバスタ国盗り戦。
例えばマリンフォード頂上決戦。
個人的にはオヤビンこと銀ギツネのフォクシー率いるフォクシー海賊団とのデービーバックファイトも味わい深い一戦。

しかし皆さん、お忘れでは無いだろうか。
インペルダウン脱獄編という名場面があった事を。

皆様宜しければ単行本の56巻をまずお手元にご用意した上で読み進めて下さい。この記事では直後のマリンフォード頂上決戦の影で薄くなりがちなインペルダウン編に隠された名シーンを僭越ながらご紹介させて頂きます。

事の発端はルフィの兄、今でも人気が高い『火拳のエース』が投獄された事から全てが始まります。
兄が処刑されると聞いて世紀の大監獄に飛び込んだルフィ。監獄の地下に潜る途中、すれ違いでエースはマリンフォードに送られてしまうのですが、大監獄の往復の道中でルフィは多くの猛者達を味方に付けました。当時はまだ肩書の威厳が凄まじかった『七武海』のジンベエ、クロコダイルが道中ともにするという胸躍らずにはいられない展開。別行動をしていたバギー・Mr.3組も上層で現場を引っ掻きまわしたのでもう『地獄の監獄』は上へ下への大騒ぎ。そこへ後の四皇『黒ひげ』も乗り込んできたので戦場インペルダウンではワンピースでも珍しい三つ巴戦の様相を呈する事となります。遠慮の知らない豪華な敵陣のラインナップに思わず泡を吹く副署長ハンニャバル。もう祭り騒ぎの戦場に読者の心も最高潮。

と、なっている所に登場したのが地獄の署長マゼランでした。能力の相性とエースの奪還事情からも逃げの一手を打たざるを得ない一行。倒れて行く仲間、毒されていく室内、威勢良く入ってきた黒ひげ達さえ毒に飲まれて悲鳴を上げる始末。署長マゼランの『地獄の支配者』という呼び名はまさに体現され、文字通り地獄と化す大監獄。もうそこには戦の作法の様なものは無く、ただ圧倒的な力による有無を言わさぬ制圧だけがありました。
その後、ジンベエの活躍もありなんとか海上にまで逃げ出す事に成功したルフィ一行ですが、目の前に『正義の門』と呼ばれる大扉が立ちはだかります。「こんなモンどうやって通るんだ」と固く閉じられた扉を前にうろたえる一行ですが、その門がなんと急に開きます。歓声を上げる面々を前に、ただ一人、ジンベエだけが表情を崩さずに舵輪を握り、ルフィに一匹の電伝虫を差し出すのでした。

皆様ご存知の通り、『ボンちゃん』ことMr.2・ボンクレーが単身監獄内で工作をしていたんですね。

不用意に開かれる正義の門を目の当たりにしたマゼランは血相を変えて動力室へ向かうと、そこにもう一人の自分を見ます。その正体はトリッキー系のマネマネの実の能力者ボンちゃん。その前にも一度ボンちゃんにマネマネの能力で一杯食わされていたマゼランはこれで合わせて二度目の失態。もう怒り心頭、怒髪天を突く勢いで全身が震えだします。顔にも興奮で幾筋もの血管が浮かび上がり、今にも眼前のボンちゃんを縊り殺しそうです。傍らに居た部下達も署長の毒の巻き添えになりたくないと尻込みした事でしょう。

しかし、そこにルフィからの電伝虫の通話が入ります。
ボンちゃんもかかってくるとは思わなかった通話に戸惑いますが、
怒りが全身に染み渡っているマゼランもまた、その通話を耳にします。

話は急に変わりますが皆様はヒーローの変身シーンをどう思いますか。
「変身してる間に敵が攻撃したら良いのに」って思いませんか。
でも実際にしてしまうと雰囲気ぶち壊しですよね。
あれは一種の「お決まり」のようなもので、
話の雰囲気や流れを保つ為には不可欠な聖域とも言えます。

インペルダウン編におけるこの電伝虫のシーン、
ボンちゃんの周りを取り囲む敵、マゼランを含め、
誰もルフィからの通話が切れるまで手を出しません。
不思議に思いませんでしたか?
マゼランなんか絶対ハラワタが煮えくり返っていたでしょうに。
その証拠に怒りで全身が震えていたにも拘らず、です。
なぜでしょうか?

話の都合上、手を出したら感動のシーンが崩れるから?

空気を読まず攻撃したら読者からブーイングがくるから?

いえ、
このシーン、
実はマゼランは『待って』いました。
本当に通話が切れるまで待っていたんです。

マゼランが耳を傾けた通話。
そこにはルフィがボンちゃんの意思を汲んで前に進むという決意と、
恨み言の一つも無く送り出すボンちゃんの覚悟が確かにありました。
それを聞いていたマゼランも通話の節々から悟ります。
眼前のふざけたオカマが覚悟して単身死地に残ったのだという事を。
怒りに震えながらもマゼランの心に浮かんだであろう言葉は、

『敵ながら天晴(あっぱれ)。』

誰もが自分の事しか考えて無いようなこの大脱獄劇。
その最中こうして仲間の為に身を挺する輩が居たとは。
敵ながら見上げた根性、研ぎ澄まされた覚悟よ。
そのマゼランの心境の全てが、

「残す言葉はあるか」

という言葉に集約されています。

ああ、きっと貴方にもこの言葉の裏の意思が見えるでしょう。
それまで否応なく無慈悲に毒を浴びせた囚人達とは違い、
激戦を繰り広げた『一人の相手』として認めた、
マゼランの武人としての礼儀が。
ボンちゃんもその意図を理解したからこそ零したであろう、

「本望」

というただ一言に、
この混沌とした戦場の中にあって交わし合った武人達の礼節が伺えます。

歴史の長いワンピース全体を紐解くと色んな戦術や戦略があります。
卑怯と言われる所業、外道と蔑まれる戦術、
戦の中では綺麗事なんぞ犬に食わせろと言わんばかりの汚さもありました。

でもだからこそ、

極稀に垣間見える武人達の礼節が、

きっとあなたの心を離さない。


では、お手元のワンピース56巻をどうぞ。
ここまでの読了誠に有難う御座いました。

お楽しみ頂けたでしょうか。もし貴方の貴重な資産からサポートを頂けるならもっと沢山のオハナシが作れるようになります。