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あの青をめくれば

あの頃はテレビなんて無かった。
と言う事は、ゲーム機なんて物も無くて、
人間の子供が家の中に籠る理由と言えば、
もっぱら本を読むか、玩具で遊ぶか位だった。

でも、あの時の玩具なんて、
そりゃあとても高い値段がするものだから、
当時の子供達は皆、外で遊んでいた。

雨の日はしょうがなくとも、
晴れの日に子供が外に行かない理由なんてない。
目的が無いにしろ、皆取り敢えず外に出る。
最近の子供は、

「外に行こう」

なんて言っても、

「外で何するの?」

なんて言う。
何をするのかなんて、外に行って決めるものだ。
何かを決めてないと外に行かないなんて、
最近の子供はどうしちまったんだ。

今はその事についてあれこれ話す気がある訳でも無いので、
取り敢えず「時代だから」という理由一つで片付けておく。

昔の子供達は皆外に出て、
そしてあちこち擦りむいたりしながら走っていた。
中には、親子連れで散歩する子供もいた。
そういう子供は大抵本当に小さくて、
言葉を喋り始めてどれ位経ちましたか、と尋ねたくなるような風貌。

あの日も随分と天気が良くて、
私が『何の理由も無く』外を歩いていると、
ある親子連れが草原の中に居るのが見えた。
草原の岩に二人で腰かけている親子を見つけ、
私はそこに挨拶をしにいった。
面識があったのかというと、別にそうでもない。
しかし、道端で出会ったのだから挨拶するのが当然の事。
こんな事を言っても、最近の子供は不思議そうな顔をするから、不思議だ。
勿論、皆が皆そうではないが。

岩の上に座っている二人の横に私も立ってみると、
子供の方はしきりに空の方を見ていた。
子供はいつも何かを知りたがり、それはなんとも可愛い。
その時も、空を指さしてこんな事を子供が言った。

「ねぇお母さん、あの青をめくったら何があるの?」

空の事を、青。
その子供はまだ空という言葉を知らなかったみたいだ。
その証拠に、横に居る母親が、

「あそこにある青いのはね、空って言うのよ。」

と子供に教えていた。
しかし、子供が知りたいのはそんな事ではない。
私がそう思った途端に、やはり子供も同じ事を考えていたのか、

「あの空は、めくったらどうなってるの?」

と、重ねて母親に疑問を投げかけた。
空をめくったら、そこに何があるのか。

「空はね、スカートと同じなのよ」

私が、この母親は子供になんと答えるのだろうと思っていた時である。
母親は、子供を自分の膝の上に抱き抱えると、そのようにまず教えた。

「いい?マシュー。
 女の子のスカートはね、絶対にめくっちゃ駄目よ?
 男の子はね、女の子を大切にしなきゃいけないわ。
 スカートの中にはね、大切なものがあるの。
 だから乱暴に扱ったり、勝手にめくろうとしたら駄目。

 空も一緒なのよ?
 空の裏にはね、大切な物があるの。
 みんなその事を知っているわ。
 まだ誰も空をめくった事が無いのよ。
 だから、空の裏に何があるのかは、誰も知らないのよ。」

子供は、いつも鋭い。

「でも、誰もめくった事が無いのに、
 どうして大切なものがあるって判るの?」

それを聞いて、私は内心ひやりとしました。
この母親、なんと言ってこれを凌ぐのだろうか、と。
すると、母親。

「スカートの中が大切だって女の子が言えば、
 男の子はその事が判るでしょう。
 大昔に空が言ったのよ、
 この裏にはとても大切な物があるってね。」

吹き出そうになった変な汗が、
「やれやれ、取り越し苦労だった」と、身体の中に戻って行った。

「あっ、何処へ行くのマシュー?」

母親の膝から勢いよく飛び降りた息子は、
大切なものを作りに行くと言って、
近くの花が咲いている場所へ走って行きました。
私達の視界からも、まだよく見える場所。
きっと、花の束でも作りに行ったのだと、母親は安心したようでした。
しかし同時に、それは私にとって絶好の機会。
母親に私は尋ねました。

「空は、何があると言ったのでしょうね?」
「え?」
「いえ、あの青い空をめくったら、
 一体どんな大切な物があるのだろうか、と。」
「さぁ、案外私達にとっては、そんなに大切じゃないものなのかも。」

今度は私が「え?」と言う番でした。
その私に母親がこう言うのです。

「だって、本当に大切なものなら、
 一応手の届く場所にある筈ですもの。
 変な事を聞いても良いですか?」
「なんでしょうか。」
「貴方は、女性のスカートをめくった事がおありですか?」
「なんと。」

その問いかけにはびっくりしました。
子供が離れた所にいるから言えた言葉でしょう。

「恥ずかしながら、数人のスカートを。」
「そうでしょう?」
「と、言いますと?」
「男にとって、いえ、人にとって女性のスカートの中は、
 とても大切で、尚且つ無くてはならない物でしょう。
 もし、あの空の裏に何かがあって、
 それが本当に私達にとって大切な物なら、
 私達の手がきっと、空に届く筈ですもの。」

空に伸びた母親の手は、逞しく、それでいて、とても美しかった。

「でもね、ほら。届かない。
 空にとっては大切なものでも、
 きっと、私達にはそんなに大切じゃないんだわ。」

今、あの母親に同じ事を聞いたら、
なんて答えるだろうか。
あの青い空をめくったら、何があるのか、と。

空も飛んだ。

宇宙にも出て行った。

時代が変わった。

何もかもに手が届いて行く。

御婦人、今なら何て言いますか。
あの青い空の向こうに、一体何があるのか。
御婦人、今なら、何て子供に教えますか。


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